フォト
無料ブログはココログ

舞台

2018年9月22日 (土)

ジャージー・ボーイズ BLUE 9/19 19:00

@シアタークリエ
10列センターブロック

フランキー・ヴァリ: 中川晃教
トミー・デヴィート: 伊礼彼方
ニック・マッシ:spi
ボブ・ゴーディオ: 矢崎広
ジップ・デカルロ: 阿部裕
ノーマン・ワックスマン: 畠中洋
ボブ・クルー: 太田基裕
遠藤瑠美子、小此木まり、まりゑ、綿引さやか、
石川新太、大音智海、白石拓也、山野靖博

音楽監督: 島健/音楽監督補: 福井小百合
演出:藤田俊太郎

「8小節聞いただけで、ぼくはこの声のために曲を書かなければならないと思った」
「そこにいるボビー坊やも、誰のために曲を書くべきかわかるだろうね」
「いろいろうまくいったら、ホーンセクション全部入れてもいいんじゃないか」

『ジャージー・ボーイズ』というミュージカルの中で、「Can’t Take My Eyes Off You」はボブ・ゴーディオからフランキー・ヴァリへの最高のプレゼントで、ボブ・クルーに対する数年越しの満点の答案なんだろうと思います。

なぜ、そのときのフランキーのジャケットが黒なのか。
日本版独自の衣装を振り返って、赤(春)、黄(夏)、青(秋)を全部混ぜた色だから、ではないかと思いつきました。それまでの道のりがなければ、あの曲は生まれなかった。

「Can’t Take My Eyes Off You」の後のショーストップは、客席もそれまでの道のりを共有しているから起こるもの。そして、それを実現できるのはアッキーの素晴らしいパフォーマンスがあればこそなのです。

舌ったらずに「I Can’t Give You Anything But Love」を歌って、女の子にキャーキャーされるのを嬉しそうにする少年時代から、「そこにあるのはただ音楽だけだった」と彼の来し方や出会ってきた人々すべてを包み込んでしまうとてつもない大きさを持った男まで、それを3時間足らずの間に表現できる中川晃教という存在を言祝ぐしかない。

チケットの確保状況の都合上、BLUEが続きました。

「僕たちの未来に誰も巻き込みたくないんです、僕とフランキー以外の誰も」というボブの台詞を聞いた後のspiニックの真顔で客席の方に向くリアクションが、とてもアメリカ的。客席から起こる笑いもシットコムドラマのようで。

それに近いものを最近見たなぁ、と思っていたのですが、ふと先月行ったスヌーピーミュージアムだ!と思い出しました。
スヌーピーに不意打ちをくらったりルーシーにやり込められたときのチャーリー・ブラウンと一緒。
めちゃくちゃなのはスヌーピーやルーシーの方で、チャーリー・ブラウンはいたって普通の(でもちょっと変な)男の子。

ニックはハーモニーの天才だし、女性にめちゃめちゃモテるから”普通”とは言い難いのかもしれないけれど、トミーのように悪事に振り切れず、人の作った借金を背負うという正気の沙汰ではない選択をしてしまうフランキーとボブを見て、自分はあの位置まで行けないと思ってしまっても無理はないような気がします。
でも、あのグループの、あの状況の中で”普通”でいられたニックが実はいちばん凄いのでは…?

ぴろしボブは初日より前回観劇時、前回より今回と、かなり怒りや苛立ちが激しくなっていて、フランキーを傷つけるものは許さないという意志は、まるで、サバンナで自分の子どもを守るために大型肉食獣に立ち向かう草食動物のお母さんのようにも見えます。

それは握手をする前、フランキーがトミーに「別のリードボーカルを探せ」と楯突いてまでボブをグループに入れてくれたところから始まってるのかも。

そうそう、そのジャージー式の契約をするとき、ものすごい音がして、手を離したときに同時に「いってぇぇぇ」というように苦笑しながら、手をぶらぶらさせるアッキーフランキーとぴろしボブがめちゃくちゃかわいかった!
「そういうこと(正式な契約)したい?」って聞くフランキーがちょっと不機嫌で、フランキーにとってはもうボブは“ファミリー”だったんだろうなぁ。

伊礼トミーはTV収録だとスタッフの女の子に手を出していて「自慢話をベラベラしたり、女を置いておくアパートを買うのに忙し」い様子が分かりやすい。
そして、やっぱりジップの家に呼び出されても悪びれる様子がないのが、伊礼トミーなんですよねぇ。
ボブが未来を見据え、ニックが苦しみながらもグループの調和を重んじ、フランキーが自分のやりたい音楽について目を輝かせていたとき、トミーは自分のことしか考えていなかった。

「何か」を必要としていた若者たちが、それぞれ別の道を歩いていく中、彼だけがその「何か」の答えを見つけられなかったのだとしたら、哀しい人間ですね…。


前回書ききれなかったシングルキャストの感想なども。

まりゑちゃんのフランシーヌ。電話でフランキーに不満をぶちまけるシーンの口ぶりに、パパに甘えたいときにパパがいなかった寂しさを感じて、実年齢差3歳の親子(ちなみにママのびびメアリーの方が娘より1歳下)すごい。少女性ではなく、”子ども”を感じさせる女優さんって稀少な存在だと思います。

反対に、オトナな女性を一手に引き受けたのがるんちゃん(遠藤瑠美子ちゃん)。僕にもそのクリスマスプレゼントください(真顔)。
るんちゃんの役で初演から特に好きなのは、教会に忍び込んで「真実の愛」を歌うときのニックの恋人役。フランキーの歌声に表情が変わる瞬間がとても鮮やかで3人のコーラスワークが美しい。

白石くんと山野くんは、クソバカ野郎コンビのテンポ感に磨きがかかっています。
白石くん、ボウリング場の店員のときに、追い詰めるのはトミーなのに、なぜか通りがかりにボブに対する当たりが強くてちょっと面白い(笑) 今回、フィナーレで客席降りしてくれるとき、通路に近い座席だったので斜め前でピッカピカの笑顔で振り付け指導しているのが見えました。爽やか!

山野くんも警官だったり、ブリルビルディングでフランキーにムチャ振りする人だったりするのですが、「Bye Bye Baby」で街中をうろつくフランシーヌを狙う男として、この物語中ただ1人悪意を纏った人物を演じていることに注目。その時は助かったけど、フランシーヌの未来を暗示しているようで少し不気味なのです。

そして!阿部兄!!
ジップ・デカルロの鷹揚とした振る舞いは威厳の塊みたいなのに、ラジオDJの軽薄さといったら!何そのエベレストと高尾山みたいな高低差(笑)
もし、会計士の彼がトミーの借金について何か知り得て、対策を取っていたらどうなっていたんだろうと考えてみたり。

『ジャージー・ボーイズ』はフランキー・ヴァリとFour Seasonsの物語だけれど、彼らを支え、別れ、時には打ちのめし、形作ってきた人たちが魅力的であればあるほど、より物語が豊かになるのだと思います。

2018年9月14日 (金)

ジャージー・ボーイズ BLUE 9/13 19:00

@シアタークリエ
14列センターブロック

フランキー・ヴァリ: 中川晃教
トミー・デヴィート: 伊礼彼方
ニック・マッシ:spi
ボブ・ゴーディオ: 矢崎広
ジップ・デカルロ: 阿部裕
ノーマン・ワックスマン: 畠中洋
ボブ・クルー: 太田基裕
遠藤瑠美子、小此木まり、まりゑ、綿引さやか、
石川新太、大音智海、白石拓也、山野靖博

音楽監督: 島健/音楽監督補: 福井小百合
演出:藤田俊太郎

本編の最後の最後、「Who Loves You」の終わりでFour Seasonsの4人が客席から見て左からボブ、フランキー、トミー、ニックの順でセンターに集まるとき。

ボブとフランキーが自然に近くにいて、少しフランキーとトミーとの間が空いていたのですが、彼方トミーがフランキーをボブからひっぺがして自分の方に寄せてその肩に手を回し、もう片方はspiニックに。そしてドヤ顔。
苦笑しながら「おい〜」というふうに眺めるぴろしボブ。
みんなフランキーが大好き、それがBLUE。

この物語のすごいところって、全てが丸くおさまって大団円というわけではないところだと思うんですよね。
ロックの殿堂入りのときに、トミーに誘われてもフランキーは彼の部屋に行かなかった。行くことができなかった。

フランキーはそれまでもいろいろ嫌な目に遭っているのに、トミーの借金を背負った。彼と世に出たってことは、それだけで鉄の絆だから。
20年の間、地を這うように努力をして復活、借金を完済。大衆から愛された証の賞をもらっても、フランキーにとってトミーのしたこと全てを受け入れることは出来なかった。フランキーは神でも聖人でもない。だからトミーを赦すことは出来ない。

その思いは、古くから一緒の、フランキーの大好きな頭脳明晰なニックでさえ理解できなかったもので、フランキーとトミーとニックは全てを分かち合ったわけではない。(そもそも、ボブは「(トミーと)きっぱり縁を切る」と言い放っている)

それでも、フランキーの原点は街灯の下で仲間と奏でたあの音楽で、彼が帰ろうとしているのは音楽という家族のもとで、彼が最後に誰に向けて「Who Loves You」を歌っているのかと考えると、私たちにとってフランキーは光であり大天使なのです。
うぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーん(涙)

前回も書いているのですが、特に春〜夏、フランキーはspiニックが大好きなのがよくわかります。トミーやボブが観客に向けて話しているとき、いろいろオフマイクで話しているように見えるのですが、ニックに懐いているのが体格差もあいまって、とてもかわいいのです。

それが「僕の心を本当にとらえたのはニックだ」というフランキーの冬の始まりのモノローグに説得力を持たせている。脱退してからも機会があればフランキーに会いに行くニックは、ボブとは違う部分で彼の支えになっていたのだと思います。

ボブはボブで、借金を背負うと宣言したフランキーを受けて、トミーに「これでいいのか?」って聞く場面で、たぶん今まででいちばん怒りの感情が表に出ていて、ボブもまたフランキーの盾になろうとしている様子が伺えました。

本当にフランキーが好きだな、BLUEは!笑

フランキーは、初演よりも能動的になっていて、少しだけチンピラというかヤンチャ感が出ています。特にジップに対して「デカルロさん」と呼びかける部分、きっとトミーや街の悪い仲間がそう呼んでるから真似してみたんだろうな、と。かわいい。

ブリルビルディングのフランキー。
「こんにちは!僕たちフォーラバーズです!!デモテー...(バタン)...プ」の間(ま)とか、最後の山野くんのときに胸ぐらを掴んで歌を聴かせるのとか、とてもかわいい。

「Walk Like A Man」後の控え室で、ボブとジャージー式の契約をする前、ボブの話を聞いてるときに椅子じゃなくてドレッサーの方に行儀悪く腰掛けていたり。初演から見ていても、あれはこの回で初めて見たなぁ。
うんうん、ジャージー育ちのフランキーと優等生のボブとの対比が鮮やかに見えて、すごくいいよね(ペシ風に)。


フランキーは、Four Seasonsからの、そして観客からの愛を一身に受けているのに、いや、だからこそ、自ら愛した女性とは上手くいかないのかもしれません。

びびメアリー、「ハーイ、トムーチ!」の一言で「こりゃ未成年のフランキーには手に負えないぞ」感が出ていて最高。うぶなフランキーを手玉に取る感じも最高。いい香りだよね、せっけん。

フランキーと結婚したメアリーは、もう赤いドレスは着ていないし、上、もしくは外に抜け出すどころかどんどん墜ちていく。もしかしたらフランキーだけが突き抜けて上に行ってしまっただけなのかも。
そしてメアリーには狭義の意味でのファミリーしかなかったけれど、フランキーには大切なファミリーが他にもあるんですよね。

まりちゃんロレインは初演よりフランキーの”才能”に惹かれているような印象を受けました。フランキーが100万ドルの墓穴から這い出るために地道にこなしている仕事は、彼女にとって「面白くない」。だから別れる。
ジャージー式のやり方と相容れない合理的な思考の持ち主。

よりポップに進化したのがもっくんボブ・クルー。
実際には、クルーはオープンリーゲイではなかったようですが、もっくんクルーの素晴らしいところは、そのセクシュアリティはクルーの数ある個性のひとつであり、クルーが音楽に関しては厳しい目(耳?)を持ち、有能なプロデューサーだとわかるところだと思います。
でも、フィル(音楽技師の彼氏)とはずっと仲良しでいてほしい。

そのフィルである大音くんは、ハンサム・ハンクでもありますが、オハイオ州の田舎訛りの警官として、バンバン笑いを取っています。頼もしい!
彼のブログを読むと分かるのですが、劇中でFour Seasonsがテレビやステージでパフォーマンスするときは、大音くんと小此木まりちゃんが、フランキーと同じパートを歌っています。
その大音くんが英語歌詞カテコの「Walk Like A Man」でリードを取っているのが本当に嬉しい。
また、劇中では舞台奥にいるので見えにくいかもしれませんが、「Oh, What A Night」でシャウトしているのも彼です。

3回見て、1回目カテコの「Oh, What A Night(日本語版)」のとき、シャウトの前にアッキーが大音くんのお尻を「行ってこい!」という感じで軽く叩くのが定番になっているようですが、この回、それで大音くんがすごく頑張ってるのが嬉しかったのか、アッキーもその後ものすごいフェイク入れてきて、パフォーマンスで引っ張るアッキーならではだなぁ、と思ったりして。

石川新太くんが演じるジョー・ペシ。
初演では、対トミーで関係性が完結していたように思えましたが、再演では「Cry For Me」の最後に向かい合って歌うなど、フランキーとの絡みも地元の(ちょっと)怖い先輩後輩のようで微笑ましいです。
注目は、トミーとボブが契約について話しているのを待っているときの、フランキーとニックにちょっかいを出されるペシ。特にフランキーはまだペシが作業しているギターケースの蓋を閉じたり、小突いたり、おいたが過ぎる(笑) ストーリーのメインは上にいる2人なのに、ついついこの3人を目で追ってしまいます。

あぁ、また長くなり過ぎた!

Four Seasonsのメンバーだけではなく、彼らを支え、多くの役を担っているシングルキャストたちが、再演ではストーリーをより豊かに彩ってくれています。
今回触れられなかった方々は、次の機会に。




2018年9月 9日 (日)

ジャージー・ボーイズ WHITE 9/7 19:00、BLUE 9/8 18:00

@シアタークリエ
9/7 : 1列目下手サイド
9/8 : 18列目センターブロック

Wキャストは7日WHITE/8日BLUEの順
フランキー・ヴァリ: 中川晃教
トミー・デヴィート: 中河内雅貴/伊礼彼方
ニック・マッシ:福井晶一/spi
ボブ・ゴーディオ: 海宝直人/矢崎広
ジップ・デカルロ: 阿部裕
ノーマン・ワックスマン: 畠中洋
ボブ・クルー: 太田基裕
遠藤瑠美子、小此木まり、まりゑ、綿引さやか、
石川新太、大音智海、白石拓也、山野靖博

音楽監督: 島健/音楽監督補: 福井小百合
演出:藤田俊太郎


2組7名のOUR SONSが帰ってきた!!

ボブ・ゴーディオは、僕らをトップまで押し上げたのは一般大衆だと言います。
トミー・デヴィートは、ロックンロールの殿堂入りは一般大衆が支持してくれたからもらえたのだと言います。
Four Seasonsはアメリカという大きなファミリーの息子たちとして愛されたグループなのです。

WHITE の初日のカテコでアッキーが「客席の皆さんもおかえりなさーい!」と言ってくれたとき、BLUEのカテコで彼方くんが観客を”5人目のメンバー”と言ってくれたとき、一般大衆とFour Seasonsの関係性とシアタークリエの客席と舞台上が重なりました。
「誰より愛をくれる人は誰?」その答えがここにあります。

舞台の座組はカンパニー(仲間)と呼ばれますが、『ジャージー・ボーイズ』では作品の中にいくつものファミリーが出てくるように、ファミリーという言葉がぴったりだと思います。キャスト、スタッフ、そして、観客たちもそのファミリーの一員に迎え入れてくれる温かさがあります。

私たちは彼らのように刑務所に出たり入ったりもしなければグループを結成してデビューしたりすることはないだろうし、マフィアとお付き合いしたこともないでしょう。
でも、フランキー・ヴァリがグループを通して春夏秋冬を辿るように、私たちも人生の中で順番や期間やインパクトは違っても誰もが春夏秋冬を経験し、家族や友人との距離感が変化したりその関係に悩んだりしているから、聖人ではない彼らに親近感を覚えるのだと思います。だから、“ファミリー”。


抜群のハーモニーがさらに進化したWHITE。初演の経験値を踏まえた上でゼロから構築した新しいFour Seasonsの物語は良質な白ワインのように爽やかだけど芳醇でキリっと引き締まっている。

新メンバーを迎えて新しくスタートしたBLUE。“Azzuri”と呼びたくなるような、イタリア男たちの栄光と陰。ピザのトマトソースのように味わい深くちょっぴりスパイシー。

初演では、REDのチーム色を特徴づけていたのはぴろしボブ、WHITEはガウチトミーだと感じましたが、再演WHITEを見てガウチトミーのスピード感が大好きなことに変わりはありませんでした。一方、BLUEはspiニックの穏やかさがキーポイントかもしれないと思いました。「こうきたか!」というニック像、とても興味深いものがあります。

ニックは登場シーンからしてガールフレンドと一緒だし刑務所から出てきたときも隣には彼女がいるし女遊びが激しい人物だけど、女性にモテるってことは魅力的な人であることは確かで、spiくんはニックを知的かつ穏やかな人として作っていました。地声が若くて甘いのもギャップ萌え。
そして、フランキーに対する溺愛っぷりがすごい(笑) 中の人の実年齢と逆転してるけど、弟が可愛くてしょうがない兄、ジェントルマンでかっこいい兄貴が大好きな弟というように、音楽を教えてくれたニックを尊敬して慕っているというフランキーの言動がより鮮やかになったように感じられました。

秋。福井ニックの爆発は、今まで我慢してきたことがどうにもならなくなって噴出した抑えきれない怒りとここでしか自分の意見を言えなかった悲しみを感じます。一方、spiニックは淡々とフランキーたちに自分が盾になっていたことを話していて、その理性があったからグループを存続させるために自分を抑えていたんだろうなと思わせる説得力がありました。

初演のとき、演出の藤田さんが”終わらない青春”をキャッチコピーに掲げましたが、そのイメージに、ガウチくんのしなやかな身体がすごく合致していた記憶があります。

ガウチくんのトミーのええかっこしぃ感は地元の後輩にいい顔見せたい先輩のようで、かっこいい自分でいるために悪ぶってマフィアに取り入ったり、借金を重ねてどうにもならなくなってしまうやるせなさ感が好き。

初登場の彼方トミーは、ニュージャージーでイタリア系に生まれた以上、マフィアと関わるのは当然のことっしょ?的に悪いことするのに躊躇がない感じ。”ファミリー”としてフランキーは可愛い弟で、自分の保護下にいて当然だと思っているふてぶてしさ。
その出自ゆえに、ボブとフランキーが音楽に邁進する姿を斜に見て、転落していってしまう様が愚かで哀れに見えました。

ボブの在り方として、海宝ボブは「フランキーの声を生かす才能のある僕が支えて頑張る」、ぴろしボブは「フランキーと一緒に頑張る」。それもチームカラーに表れていると感じました。
WHITEではトミーやニックはボブの才能に彼らから一線を引いているように見えるし、BLUEは彼らの末っ子の”かわいいフランキー”がボブに取られてしまうことで徐々にグループに亀裂が入っていく。

海宝くん、初演より良い意味で「スポットライトがしっくりこなかった」感に”ウソつけー!”感がなくなっていて、フランキーの歌を聴いたそのときから「どうしたらフランキーにもっと良い曲を歌わせられるのか」というプロデューサー的な視点で彼に寄り添い続けている姿がありました。ご本人のミュージカル知識などに見えるマニアックな性格にも通じるところがあるような…?

フランキーとボブは実際には、8歳の年齢差があるのですが、アッキーフランキーとぴろしボブはニコイチ感がとてもかわいい。REDからBLUEに変わっても、その雰囲気が変わっていなかったのが嬉しかったです。むしろ、トミーとニックがイタリア的な”ファミリー”の絆でフランキーを可愛がっていたので、フランキーがボブと出会って初めてトミーに逆らうシーンがよりドラマチックに浮き上がったと思います。

新メンバーといえば、もう1人、畠中洋さん。
初演・戸井さんのワックスマンは、マフィアのフロント企業のデキる社員みたいな雰囲気だったけれど、畠中さんのワックスマンは、ジャージーの男たちの成り上がりの手段としてマフィアの道を選んだ感じがして、トミーの兄のニックも演じていることもあって、スターになれなかったトミーの姿を見ているようでもありました。

さて、世界に宣言しよう、中川晃教は最高の歌い手、俳優だと。初演から何万回も言っているけど、君こそ奇跡の存在。でも、アッキーがこの役に巡り会えたのは奇跡ではなく必然なんだと思います。

アッキー本人も言うように、フランキーを演じる人が他にも出てくることが、アッキーにとっても日本のミュージカル界にとっても必要なことだと思うけれど、ずっとずっとずっと音楽を追い続けるフランキーとアッキーの親和性が私たちの心を完全に射止めてしまったのだから。

再演のフランキー、春の少年っぷりが本当に少年なので、夏、秋、冬と成長して青年・壮年・最後の初老期まで見ていく中で「あのかわいいフランキーが!」という感覚が、少年時代から関わってきた特にBLUEのトミーとニックと観客で共有できるのが面白かったです。

仕事とプライベートの絶頂とドン底、”ファミリー”の確執、新しいガールフレンドとの出会いとすれ違い、低迷期からの復活と人生最大の試練…。
3時間でジェットコースターのような約40年を演じますが、劇中の経験を取り込んで年齢の変化を感じさせていて、ただ時間が経過しただけではなく、実際のフランキーが考えて行動している、キャラクターの一貫性がしっかりとした役づくりに驚嘆しました。
アッキーは”歌”で評価されるし、自分でもそれが強みだって言ってるけれど、勢いに任せず、台本から緻密に役を作る丁寧なお芝居も素晴らしいと思っています。

天使の歌声。
こうやって書くのは簡単だけれど、キャスト、客席全員が納得するように表現すること。できること。それは想像を絶するような努力の積み重ねの上に培われたものでしょう。

トミーが、ボブが耳にした途端に特別だと思ったトワングという歌唱法を駆使した高音はもちろん、「My Eyes Adores You」や「Fallen Angel」など、フランキーがプライベートで喪失感を味わったときに歌う際の、そのまま溶けていってしまうのではないかという透明感に涙を誘われました。

初演から2年、その間、ものすごい仕事量を抱えながら、(5月にはコンサートもあった)この『ジャージー・ボーイズ』再演のためにフランキーの声のトレーニングを続けてきたアッキーに、心からの尊敬と永遠に鳴り止まないアプローズを。

さて、この2回は再演のスタート。
アンサンブルさんのこととか、まだ書けていないこともたくさんあるので、次回の観劇が楽しみです。
みんな体調に気をつけて(by中河内雅貴)!!

2018年8月28日 (火)

ミュージカル『ゴースト』 8/25 18:00

@シアタークリエ
6列目 センターブロック

サム: 浦井健治 モリー: 秋元才加
オダ・メイ: 森公美子 カール: 平間壮一
松原凜子、栗原絵美、松田岳、ひのあらた
大津裕哉、岡本悠紀、小川善太郎、
木南清香、コリ伽路、島田彩、丹宗立宗、
千葉直生、土倉有貴、西川大貴、湊陽奈

脚本・歌詞: ブルース・ジョエル・ルービン
音楽・歌詞: デイヴ・スチュワート&グレン・バラード
演出: ダレン・ヤップ

服装などからもわかるように、様々な時代の様々な年代のゴーストがいて、例えば地下鉄のゴーストは、まだ若く、やりたいこともたくさんあった。
自分がなぜ、誰に殺されたのか知りたくて、来る日も来る日も地下鉄に乗り続けている。
彼にもサムのように、自分を地下鉄の線路に突き落とした犯人に復讐することが出来るの日が来るのだろうか…。
西川くんが演じているということもありますが、NYの片隅で怒りを全身に纏い暮らしいている彼の境遇に感情移入してしまいました。
それに比べて、サムはなんてラッキーで強欲なのだろうと思えてしまって。

サムがゴーストになってしまったときに、ゴーストの先輩から「人間だったときのことを手放すんだ」とアドバイスされるけれど、彼は、たまたま自分の声を聞くことができるオダ・メイと知り合えて、先達が長い時間かけて獲得してきた技(ドアを開ける、物を動かす等)をすぐに教えてもらえて、思いを果たし、向こうの世界に行くことができた。
オダ・メイにも危険が迫っていることもあり、手に入れたお金を手放すように勧めてもいた。

でも、ラストのサムの台詞、「僕の愛は君と永遠にいる」(でしたっけ?)というのは、”手放す”とは正反対で、モリーは、これからサムがいない世界を生きていかなければならないのに、彼との思い出の中に永遠に繋ぎ止めてしまうのではないかと感じてしまうのです。

それとも、サムがあちら側の世界に向かうところまで見届けたので、サムとの思い出を思い出として、モリーは新しいスタートを切れるのでしょうか。そうであればいいのですが。

モリーが歌う「With You」は、プロフィギュアスケーターの荒川静香さんがアイスショーでよく使っていたこともあり、7月に暴漢に襲われて亡くなったカザフスタンのデニス・テン選手のことを思い出したりもしました。
今でも信じられない、信じたくない思いでいるのですが、せめて残されたご家族や大切な仲間たちに、サムのようにデニスが最後の挨拶を出来ていればいいのに、と。


『天使にラブソングを〜シスターアクト〜』のデロリスに続いて、映画版でウーピー・ゴールドバーグが演じたオダ・メイをモリクミさんが。
(ちなみに、シスアクに出演していた湊陽奈ちゃんがこの作品でもシスターのコスチュームを着ていたのがツボ。笑)

個人的にお芝居がちょっとアドリブというかモリクミ節に振れ過ぎているのではないかな?と感じました。
サムとオダ・メイの会話によって、サムのキャラクターがよくわからなくなってしまっているような気がしなくもないような…と。
でも、大騒ぎナンバーの「I’m Outta Here」はめちゃくちゃ楽しかった!

松田優作バリにトレンチコートを着こなした土倉くんと西川くんがシンメでガンガン踊りまくるのが最高でした!!テンション上がったー!!西川くん、踊るなら踊るって言っておいてよー(笑)
モリクミさんがいて、この2人がいると、パトロンミネットが豪華なパーティーで踊り狂っているようでした。モンパルナスとクラクスーはパリピ。
千葉直生ちゃんと島田彩ちゃんのコケティッシュでキュートなメイド姿がスーパー可愛くて3億点あげちゃう勢い。

また、オダ・メイの手下シスターズの栗原絵美ちゃんと松原凜子ちゃんのファンキーな歌とダンスはモリクミさんにも負けない大迫力でアガりました。

いるのに、いない。いないのに、いる。
この演出の仕方が絶妙でした。
見えているサムとしての視点、見えていないモリー側の視点、最後にそれが交わる。そのカタルシスが素晴らしかったと思います。

それから、映像と実際の肉体の使い分けも驚きでした。
最初にサムがゴーストになって、肉体が倒れている場面やカールたちが向こうの世界に連れ去られていく場面は、人間が動いて表現することによってゴーストとしての”実体”を感じられるのが、舞台ならではの醍醐味でした。

この話はゴーストになったサムの話で、カールがなぜ悪事に手を染めたのかは提示されなかったですよね。モリーを横恋慕するためにサムを陥れたわけでもなさそうだし(どちらかというと副産物的なもの)、ただ悪者を演じる平間くんは損な役回りだったような。
秋元才加ちゃんはカテコの最後の最後まで役に入り込んでいるように見え、”見えない”モリーを演じるには、ものすごい集中力が必要なのだろうと思わされました。次は彼女の身体能力やダンススキルが活かせる役柄で見たいなぁ。

自分の環境の変化や老いによって、何かを手放すことになるかもしれない。
また、いつか大切な人やものが自分の前からいなくなるかもしれない。
そのとき、自分はどうありたいかを少し考えてみたいと思いました。


2018年8月 9日 (木)

宝塚BOYS team SEA 8/4 17:30〜 初日

@東京芸術劇場 プレイハウス
S席1階F列 下手側

上原金蔵: 良知真次 太田川剛: 藤岡正明
竹内重雄: 上山竜治 長谷川好弥: 木内健人
竹田幹夫: 百名ヒロキ 山田浩二: 石井一彰
星野丈治: 東山義久

君原佳枝: 愛華みれ 池田和也: 山西惇

原案: 辻則彦「男たちの宝塚〜夢を追った研究生の半世紀〜」
脚本: 中島淳彦 演出: 鈴木裕美



個々人が「夢を見る」ことが出来なかった苦しい戦争がようやく終わり、自分が好きなこと、出来ることをやってもいいという時代がやってきた。
歌が好き、芝居が好き、ダンスが好き。
キラキラしたショーが好き。
その想いだけを持って、宝塚にやってきたボーイズ。

清く正しく美しく。
観客に華やかな夢を見させる宝塚。
しかし、彼らにとっては、夢を叶える場所ではなかった。

君原のおばちゃんは怪我で、池田さんは自分の実力のなさを悟って、宝塚の”舞台”から去っていった。
彼らもまた夢を叶えられなかった人たちなのだけれど、おばちゃんは怪我をしなかったら/怪我が治ったら大劇場に立てたかもしれないし、池田さんは打ちのめされても演出の勉強を続けていれば、いつか舞台に携われたかもしれない。

でも、ボーイズたちは、運が良いとか悪いとか、努力が足りないとかではなく、「宝塚」という場所がそれを許してくれなかった。

人が仲間と目標に向かって何かに打ち込む姿は美しい。
でも、どんなに望んでも手に入れられないものがある。それがどんなに残酷なものなのか。
この作品にはその両方が描かれていました。

上原は戦時中、回天の通信士に配属されたと言っていたことから、おそらく学徒出陣組で、大学で高等教育を受けていた人物ではないでしょうか。(そこまでは言及されていませんが)
上原がリーダーに選ばれたのは、小林一三宛に宝塚男子部を直訴するハガキを出した言い出しっぺというだけでなく、育ち的なこともあったのかも、とも思ったり。

外地で凄まじい経験をして日本に戻ってきた長谷川と竹内。
佐世保から長崎のキノコ雲を見た星野。
戦争から帰ってきた兄の、今で言うPTSDに直面する山田、戦後何年も経ってから父の戦死を知らされる竹田。
病気のため兵役免除になったことを隠している太田川。

戦地に赴いた者、国内の任地で働いていた者。
兵役に就いていなかった者、当時は子どもだった者。
それぞれ立場は違っていたけれども、彼らは皆、戦争を経験し生き抜いた。

稽古に明け暮れる中で、大劇場に立てるかもしれないという希望が出ては消え出ては消える。
自分たちの居場所が制限される環境で、池田さんからの言葉や情報だけが頼みの綱。
“状況は良くなってる、君たちを認めようとする動きはある”という、池田さんの希望とも言える言葉。

それが「大本営の発表のよう」に聞こえるというボーイズの台詞がありましたが、当局や報道からは本当のことを伝えられずに多くの人々が死んでいった戦争と重ねられるぐらい彼らが追い詰められられていたことに、胸が締め付けられる気がしました。

そうして、彼らは2度目の”敗戦”を迎えることとなる。
敗戦をきっかけにして集まったボーイズは、敗戦を機に別れることになった。聴こえてくるのは、玉音放送ではなく、自分たちが歌う「すみれの花咲く頃」。

最後のレビューは、彼らが追い求めた理想の姿。
美しくて楽しくて輝いていて、だからこそ哀しくて切なくて。気がつくと涙が止まらなくなっていました。

それもみな、ボーイズたち、そして見守る2人の大人のお芝居が素晴らしかったからだと思います。

良知くん上原。
見た目は涼やかなのに、誰よりもアツい気持ちを持っていて、でもそれが空回りしてしまう情けなさ。
そこがキュートでもあり、笑いどころでもあり。良知くんはコメディに対して真摯だなぁと思うのですが、その塩梅に嫌みがないんですよね。
しっかりした竹内や経験値の高い星野がいても、やっぱりリーダーは上原なんだと思わせる雰囲気が素敵でした。

上山くん竹内。
一見落ち着いていてしっかりしているように見えながら、歌が大好きだという気持ちが爆発してしまったり、パリのイメージがズレていたり、「なんかちょっと変」のスパイスが、リーダーではないな?という絶妙な空気感を出していて良かったです。
コンビ感はないのですが、上原と竹内の補い合う関係はこのボーイズの核なのだなぁ。

カズアキくん山田。
褌キャラは上山くんではなく、カズくんでした。
不器用なヤマコーが可愛くて可愛くて。
コワモテを装うことで、自分は強いとハッタリをかまし、兄や母に「こいつは大丈夫なんだな」と安心させたかったのかな、と思わせる優しさが隠しきれないところがとても山田。

百名くん竹田。
腹に毒(と言っても、この作品ではかわいいものですが)を隠す爽やかなイケメンを演じたら、今、彼がいちばん上手いのでは?(笑)
しれっと山田の秘密をバラす強かさ、女の子とお付き合いしちゃうちゃっかりさ。その裏には自分ひとりで生きていかなければならないのかもしれないという恐怖があって、父の戦死を知らされたときに、その事実と直面する現実に襲われる。だからこそ、彼にはボーイズが必要だったのだと思わされました。

東山くん星野。
1人だけプロの厳しさを知っている分、夢や気持ち「だけ」ではエンターテイメントの世界で生きていけないことは分かっているけれど、技術以外の「何か」が必要なこともまた分かっていて、ボーイズとの距離の取り方、その後の詰め方が自然でした。後半の姿を見ていると、最初に寮の居間でおばちゃんに向ける笑顔が彼の本当の姿なんだろうなぁ。感情が昂ぶったときにホロっと出る大阪弁も、さすがネイティブ。

藤岡くん太田川。
ネイティブの東山くんがいる中で全編ベッタベタの大阪弁。賑やかでいて周りを盛り立てていれば、自分のことはそんなに喋らなくて済む、周りに病気のことを知られないで済む、その空元気。必要以上に明るいその感じが、カウンターパンチとなって返ってくるから、ボーイズたちも観客もショックが大きいんですよね。
美声を封印し、レビューでもがなり声なのだけど、とにかく楽しそうに歌う藤岡太田川の笑顔は太陽のようでした。

木内くん長谷川。
木内健人くんが、この作品でボーイズの1人に選ばれて心から嬉しい!
朗らかでお調子者で女の子と芝居が大好きな長谷川。ムードメーカーの役割を好演していました。
旅役者の家族に生まれ、最初は役者になんて興味がなかったのに、大衆演劇の作法が滲み出てきて、どんどんやっちゃう感じが役者一家に育った者の性なんでしょうね。君原のおばちゃんとの演技レッスンで顔つきが変わるところが素晴らしく、「花形愛一郎」という芸名も、長谷川のパーソナリティにピッタリでした。

星野とはまた違う場所から「舞台」に立つということを分かっていた人物。その想いが果たせないことを突きつけられたときの涙と、それを振り切るようにレビューでどんどん表情が変化していくのが印象的でした。

いつも親身で、ここぞというときにさらにもう一歩踏み込んで手と気持ちを差し伸べてくれる君原のおばちゃん。あの場所を目指し、その難しさが分かるからこそ、プッシュし過ぎずに応援してくれる距離感と包容力が温かく、ありがたい存在でした。

池田さんは、8人目のボーイズなんですよね。
彼らの夢が、一度夢破れた池田さんの再びの夢でもあった。
どうにかしてあげたい、それが叶わない。
最後のレビューは、池田さんの想像が具現化したものなのだろうなぁ。
それにしても、私が山西さんを見るとだいたい戦争が絡んでるんですが、自分がその時代を知らないのに「キャラクターそのものだ!」と思わせる説得力はどこから来るのでしょう…。


7人のボーイズが青春を、人生を捧げた時間と引き換えに得たものは彼らが本当に欲しかったものではなかっただろうけれど、彼らの行く道に幸あれ!と願うぐらいに
心が揺さぶられる観劇でした。

2018年7月29日 (日)

グーテンバーグ!ザ・ミュージカル!2018 千秋楽 7/29 12:30

@新宿村LIVE
B列 上手側

ダグ・サイモン: 鯨井康介
バド・ダベンポート: 上口耕平
ピアノ演奏: 桑原まこ

日本語上演台本・訳詞・演出: 板垣恭一
​原作: アンソニー・キング(Anthony King)&スコット・ブラウン(Scott Brown)


ヘルベチカの胸問題。
私は、ちびっこがお尻やおち◯ち◯が大好きなように、男の子の自分が持っていないおっぱいというものに対する純粋な好奇心みたいなもの、と受け取りましたが、人の身体の一部を笑いに使うことに対して、嫌な気持ちになる方もいることは理解できます。

でも、なぜわざわざヘルベチカに胸の大きな女性という役割を与えたのか。

胸の大きな女性はバカであるという偏見。
それは「賢い女性」という存在を認めたくなかった昔の男性が作った愚かで卑怯な言説。

ヘルベチカは文字が読めないというだけで、彼女が卑下するように頭が悪いわけではない、と劇中のグーテンバーグは言っています。彼を愛しているがゆえに修道士に騙されますが、彼女は思いやりに溢れた思慮深い人物ですよね。

修道士が人々に力を持たせないようにと文字を与えなかったように、また、バド・ダベンポート=上口が終盤に「文字が読めない8億人のうち、3分の2は女性だ」と糾弾するように、今も世界のどこかでは女性から学ぶ機会を奪っている人たちがいます。
女性のシンボルでもある膨らんだ胸を持つヘルベチカの存在は、その示唆でもあるのかもしれません。

さて、千秋楽。
鯨井くんがボケを拾いに拾ってさらに未然に事故を防ごうとしているのに、そのバリケードを突破していく耕平くんの勇気。
「考えてから喋ろう!!!!!!」と止めてくれるときと放置するときの鯨井くんのバランス感覚。
カテコではそれぞれお互いに感謝の言葉を述べていましたが、素晴らしいペアでした。

いろいろな役を演じても、耕平くんはBad-boy修道士、鯨井くんは理想に燃えるグーテンバーグという核になる役を魅力的に演じていて、その役になったときには舞台が締まる感覚がありました。
修ちゃん、初日からめちゃくちゃパワーアップしたキャラクターじゃないでしょうか。
正直、チャームソングである「ビスケット」より、「呪いの森」の方が頭の中をグルグルします。なんならステップを踏みたいぐらい。

そういえば、修道士がグーテンバーグをそそのかす場面はTdVのクロロック伯爵のようにも見えましたが、息子なのだから当たり前かー!(違)
あ、ヘルベルトとヘルベチカって似てますね(関係ない)。

耕平くんは男性役の歌い分けはもちろん、ファルセットを駆使して女性たちの声音の違いを表現し、また、ネズミちゃんではファニーボイス、コーラスラインのきゃりーぱみゅぱみゅ、ヒロミゴーや桑田佳祐の超短いモノマネまで、さまざまに声を変えて歌うことに挑戦していました。
私にはテクニック的なことは分かりませんが、歌うことに真摯に取り組んでいることは観劇して伝わってきました。

とにかく私は歌って”踊る”上口耕平が見られてハッピーです。

耕平くんと鯨井くんが、この作品でも、別の作品でも、また共演することを楽しみにしています。






2018年7月28日 (土)

あなたの初恋探します 7/28 14:00〜

@オルタナティブシアター
E列 下手側

ムン・ミニョク/キム・ジョンウク: 村井良大
アン・リタ: 彩吹真央
マルチマン: 駒田一

上演台本・作詞・演出: 菅野こうめい
振付: 広崎うらん
Book & Lyrics by You Jeong Chang
Music by Hae Sung Kim


ゆみこさんが可愛いすぎて可愛い(日本語)。

想い出を綺麗なままにしたい、運命を信じたいという気持ち。
年齢を重ねて、そんなものを信じている自分はどうなの?と思う気持ち。
そのために自分から積極的に恋愛に関わっていくことができなくて、自分の感情に嘘をついたり隠したり逃げたりしてしまうリタ。

アクティブなリタの繊細な心を表現するゆみこさんがとにかくチャーミングで、観客が応援したくなるヒロインでした。

この作品の主な登場人物はアン・リタ、依頼を受けて初恋の人を探すことを仕事にしたムン・ミニョク、リタの初恋の人だというキム・ジョンウク。性別も国も飛び越え、その他のすべての役を”マルチマン”が演じます。

特に前半、駒田さんが何回も「次、出番だから」と言いながらソデに捌けて30秒後ぐらいにはまったく違う衣装で出てきたのすごかったなぁ(笑)
リタの父親、タクシー運転手、アイドル喫茶のジェシカ(T Tポーズ連発)、偽ヨン様とおばちゃんの両性具有(えっ)、聖闘士星矢ヲタク、怪しい振付師、客室乗務員、インド人...etc(公式情報によると22役)全部カツラも衣装も小道具も変えて出てくるという大変さ。

でも、村井くんとゆみこさん2人だけのシーンもけっこう多くて、”マルチマンショー”になってないところがよかったと思います。

この作品のテーマはリタの運命の人探し(『Finding Mr. Destiny』)。リタとミニョクが言い合いしながら近づいていく様子が丁寧に描かれていて、マルチマンの奮闘はとても面白かったけれど、それだけが目立つことになっていなかったことがこの作品の素敵なところだと感じました。

マルチマン駒田さんはもちろん、ちょっと情けないミニョクとリタの記憶の中で美化されているジョンウクを演じ分けた村井くん、素晴らしかったです。
ジョンウクのキザな感じが客席では絶妙な具合で面白くて。
見るたびに(と言っても数作品ですが)村井くんのたたずまいって、唯一無二というかすごく独特だなぁと思わされます。
力みがまったくない。それでいて感情の変化が伝わってくる、力のある役者。
で、『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』は同キャストでいつ再演なんです??

韓国発の作品ということで、会話の中で「(そんなに弱っちくて)軍隊にいたときどうしてたの?」とか「”鹿と泉”の賛美歌知ってる?」などといった台詞が出てきて、社会・文化の描写が面白かったです。
そして、映画やドラマでもいくつか見てきましたが、韓国でキュートでロマンチックなラブコメを生み出せるのはなぜなのか、日本との違いは何なのか、不思議に思ったりもしました。


7月は(ブログには感想を書いていませんが)『FULLY COMMITTED』の成河くん、『グーテンバーグ!』の2組(上口×鯨井、原田×福井)、そして『あなたの初恋探します』のマルチマン駒田さんという、1人がやたらたくさんの役を演じる作品を3つも見ています。それぞれ、1人芝居、2人芝居、3人芝居なのに、登場人物が多過ぎる(笑)

グーテンバーグ!ザ・ミュージカル!2018 7/26 19:30

@新宿村LIVE
XA列 センター

ダグ・サイモン: 鯨井康介
バド・ダベンポート: 上口耕平
ピアノ演奏: 桑原まこ

日本語上演台本・訳詞・演出: 板垣恭一
​原作: アンソニー・キング(Anthony King)&スコット・ブラウン(Scott Brown)


初日ぶりの上口×鯨井ペア。
座席は2回連続最前列で、2つか3つ上手側にズレたぐらい。近い近い。
ダンスが多い舞台では足元まで見える席は嬉しいですよね。
(前方席万歳派ではなく段差が大きくて全身がちゃんと見える中段ぐらいがいちばん理想なのですが)

初日は舞台上も客席も独特の緊張感がありましたが、後半に差し掛かって、ぶっこめる場所にはネタを追加していく挑戦と、ところどころ壊れかけの自転車みたいなポンコツっぷりが見られた回でした。ブレーキが効かないまま坂道を下っているようなスリル感。

方向性を見失ったまま話す耕平くんのボケを全部拾うどころか、未然に事故(笑)を防ぐ鯨井くんの反射神経。
きっと彼がゴールキーパーだったら、日本はワールドカップで優勝出来る(確信)。

想像以上に日本のことを知っているシンガポール生まれの日系3世、バド・ダベンポート=上口。

“女性”の帽子をかぶって「金麦と待ってるからー!!」と叫んでみたり、「ちびまる子ちゃんのお姉ちゃんが夢に出てきた(ツンデレな感じがいいらしい)」と明かしてダグと客席を困惑させたり、修道士の修ちゃんがサザエさんの主題歌を歌ったり、レギュラーメンバー(?)の他にビートたけしと井上陽水の他にキムタクの真似をぶっ込んでみたり。

このペアは、ダグとバドがバッカーズオーディションに賭ける意気込みや劇中劇でのグーテンバーグの印刷機発明への熱意が、再演から参加しこの作品と向き合っている上口耕平&鯨井康介という役者の頑張りに重なっているように感じます。

前回の感想でも「この作品は三層構造のようにも感じられる」と書いたのですが、この日ようやく買ったプログラムを読んでいたら、演出の板垣さんが稽古場の座談会で上口×鯨井ペアについて似たようなことをおっしゃっていたので、きっとそこが演出家から見ても観客の立場から見ても、上口×鯨井ペアの魅力のひとつなのだろうと思います。

グーテンバーグの印刷機という、ヨーロッパのルネサンス期の大きな発明が後世に大きな影響を与えたように、希望を繋いできた人たちによって、私たちの社会は作られている。

2人の作品がブロードウェイで上演されても、世界からすぐに憎しみの連鎖が消えるわけではないことぐらいダグとバドも分かっているでしょう。
それでも、彼らの夢がいつかまた新しい誰かの夢となり、人はひとりではなくなる。
だから、私たちは夢を見るのだ。

傍から見たら恥ずかしいぐらいの理想論。
まっすぐな若い青臭さ。
そこで興ざめしないのは、やはり、ダグとバドの情熱と上口×鯨井ペアの奮闘がリンクしていているからだと思いました。
だから、観劇後にとても清々しい(きよきよしいではない)気持ちになるんだろうな。

最後に、この作品ではカテコの撮影がOKなので初日とこの回の写真を貼っておきたいと思います。





(角度以外で)間違い探しをどうぞ。





2018年7月22日 (日)

グーテンバーグ!ザ・ミュージカル!2018 7/19 19:30、7/21 17:00

@新宿村LIVE
19日: XA列センター
ダグ・サイモン: 鯨井康介
バド・ダベンポート: 上口耕平
ピアノ演奏: 桑原まこ

21日: C列下手側
ダグ・サイモン: 福井晶一
バド・ダベンポート: 原田優一
ピアノ演奏: 桑原まこ

日本語上演台本・訳詞・演出: 板垣恭一
​原作: アンソニー・キング(Anthony King)&スコット・ブラウン(Scott Brown)

鯨井×上口ペア(Wコウちゃんズ)の初日と初演から続投組の福井×原田ペア(イチイチコンビ)を見てきました。

役名が書かれた帽子を変えるだけで20以上の役を演じるというのは、ある意味低予算を逆手に取った”ヨシヒコ的”なゆるさなのかと思っていたのですが、もちろんコメディで笑える部分もたくさんありつつ、人間にとって、社会にとって、”文字”がどのような力を持つのか、”夢を持つこと”が人間をどう突き動かしているのか、なぜダグとバドがグーテンバーグ(グーテンベルグ)のミュージカルを作ったのか、がしっかりと描かれていて、笑い疲れた後にグッと胸に残るものがありました。

グーテンベルグ聖書は西洋初の活版印刷聖書であり、劇中でグーテンベルグを妨害しようとする修道士の存在とともにキリスト教原理主義についてちょろっと出てきます。
いまだこの地球上では文字を読むことが出来ない人がいて、その多くが女性であると高らかに糾弾するのは、西洋側にもこのような問題があると自ら暴露したうえで、911後のイスラム教原理主義に対する痛烈な批判だと受け取りました。
この作品が発表されたのは2006年のことですが、その状況は今も変わっていないんですよね……。


「優れたミュージカルというのは、真面目なテーマが描かれているものです」


この作品はダグとバドという劇作家と作曲家のコンビがグーテンバーグ(グーテンベルグ)のミュージカルをブロードウェイのプロデューサーにプレゼンするバッカーズオーディション、そのミュージカルを実際に演じる劇中劇の二層構造になっていて、ダグとバドの雑談の形を取りながら役者本人の中身がちょいちょい顔を出すフリートークも入れると三層構造のようにも感じられる、けっこう複雑なつくり。

バッカーズオーディションとは、プロデューサーや関係者たちの前で作品の概要(脚本)を説明し、公演の出資を募ることをいうのだそうです。
客席にいる私たちはダグとバドの作ったグーテンバーグの物語について、ミュージカルとはどのように作られているのか、その曲の持つ意味などの解説も聴きながら、ただの観客とは少し違う位置から見ることも出来るようになっています。

と、まぁ小難しく書いてきましたが、上口耕平×鯨井康介、原田優一×福井晶一、それぞれのペアのバックグラウンドを生かしたそれぞれの演出になっていて、例えばダグとバドの出身地や出身劇団、各キャラクターの造形もペアによって全然異なっています。
ぜひぜひ2組とも見ることをオススメいたします!

どちらかの人のファンでもう一方はあまり知らないな〜という方は、サラッと経歴だけでも見ておくと何倍も楽しめるはずです。

上口×鯨井ペアは初日だったということもあるかと思いますが、とにかくフレッシュ!微笑ましくなるような必死感というか、その過程が可愛らしい。
合間合間でボケようとする耕平くんに対して、なんでもどこでも拾う鯨井くん。さすがテニスサークル出身(笑)

それから何より嬉しかったのが、踊る耕平くんを見られたこと!!
(『タイタニック』は作品としても彼の役も好きですけどそれは少し置いといて)上口耕平は踊ってナンボだ!!四肢の多弁さは、絶対に耕平くんの武器。
こちらのペアは踊れる2人が揃ったこともあり、また背格好が似ていることも功を奏して、ダンスユニットのような軽やかさ。

原田×福井ペアは日比谷界隈とあざみ野界隈で鍛えた抜群の歌唱力を新宿村LIVEという空間で聴ける贅沢。
私の中で、原田優一くんが関わっていれば間違いないという確信があるのですが、”子役上がり”のキャリアを120%活用する優ちゃんと、今までそんな自由人だって知らなかったよ〜という福井さんのフワフワっぷりに腹筋が鍛えられます。

ミュージカルをたくさん見てきた人、ミュージカル役者をたくさん知っている人、こちらのペアで存分に笑ってください。
我こそは昭和だ、という方にもオススメです。

この制作では、学生さんに無料で見てもらう目的でカルチケ(SNSや劇場での募金をもとに)というものを発行する取り組みをしています。
お時間のある学生さんは活用してお得に楽しい作品を楽しんでください。

2018年7月 2日 (月)

銀河鉄道999 〜GALAXY OPERA〜 6/27 18:30、6/30 12:00 東京千秋楽

@明治座
27日: B席 3階正面1列目
30日: A席 2階左側1列目

星野鉄郎: 中川晃教 メーテル: ハルカ
機械伯爵: 染谷俊之 リューズ: 矢沢洋子
シャドウ: 雅原慶 クレア: 美山加恋
車掌: お宮の松
大山トチロー: 入野自由
鉄郎の母/トチローの母/プロメシューム(声): 小野妃香里
アンタレス: 塚原大助
クイーン・エメラルダス: 凰稀かなめ(特別出演)
キャプテン・ハーロック: 平方元基

岡崎大樹 高木裕和 高橋里央 出口栄一
富田大樹 長尾哲平 中島大介 バレッタ裕
藤田勇紀 森内翔大 森田カ斗
安里唯 池田美千瑠 新橋和
望月ちほ 安室夏 横関咲栄(男女別・五十音順)


原作・総監修: 松本零士

脚本: 坪田文 作詞: 石丸さち子
演出: 児玉明子
映像演出: ムーチョ村松
銀河鉄道999テーマ曲: 中川晃教
音楽: 久保田修

『銀河鉄道999』は40年の歴史と作品愛ゆえに、昨今の2.5次元舞台ブームに連なるような「舞台化されたらファンが喜ぶ」という図式は成立しない。
作品のファンは、コミックスとアニメを何十年も聖典とし、その図柄と声を自らの中でいわば神格化している、とも言えるでしょう。原作者が総監修に当たるとはいえ、素人目から見ても舞台化するにはリスクが高過ぎる。

また、普段から「観劇する」という習慣を持った人ではないと、直接劇場に足を運ぶというのはハードルが高いそうです。
作品が好きな人たちの中で舞台に好意的な興味を持った人たちがいたとしても、実際に来てくれる人はその数%に過ぎないのではないでしょうか。

ハーロックは「男なら危険を顧みず、死ぬと分っていても行動しなければならない時がある」と言いますが、キャスト・スタッフは原作ファンの批判という”危険”を十分に覚悟したうえでこの作品を送り出しました。

私が主演の中川晃教さんのファンで、時折知らされるハードな稽古の様子から彼の努力の成果を肯定したいがゆえの妄言と言えばそれまでですが、時間も空間も制限される舞台というフィールドで『銀河鉄道999』を表現できたのは、星野鉄郎が役について考えて考えて考えぬくアッキーだからだと思います。

鉄郎は最初、エメラルダスやアンタレスに”坊や”とか”坊主”って呼ばれるけれど、機械伯爵には”青年”って呼びかけられていることに気がつきました。
そこに至るまでの約2時間、子ども時代(お母さんとのシーン)があり、旅に出て様々な経験をし、鉄郎は少年から青年に成長する。
声、話し方、目の力、表情、姿勢、歩き方...舞台上のアッキーの全てでその変化を感じられました。

鉄郎はお母さんとトチローの母にハグされたり、シャドウに抱きつかれたり、クレアに盾になってもらったり手を取られたり、ハーロックとトチローに肩やら頭をポンポンされたり、メーテルに頬を触られたり、エメラルダス様と機械伯爵に顎クイされたり...と、スキンシップを一身に受けるのですが、アッキーの表情とリアクションで、鉄郎の相手に対する気持ちが分かるのです。

感情の動きを投げっぱなしにするのでも押し付け過ぎることもなく客席に届けるスキル、それがアッキーのすごいところだと思っています。


調べてみたらGALAXYという単語には、銀河という意味のほかに「華やかな集まり」という意味もあるそうです。

曲数は多くはないけれどバラエティに富んだ曲や、各ジャンルで活躍するキャストたちもGALAXY OPERAという副題にピッタリでした。

作品のファンが「なぜ鉄郎やメーテルが歌うのか?」とふと現実に戻されてしまったとしても、再現度の高い車掌とアンタレスがいること、圧倒的な美でねじ伏せるエメラルダスとハーロックがいること、リューズが美声でギターを弾き語りしてくれること、それがこの999の世界観を保ってくれている。
それが鉄郎としても心強かったと思います。

明治座というサイドにも席がある小屋型の劇場での見せ方という点では、見切れてしまう箇所が多いステージングに不満があるし、演出としては交通整理が足りなかったり逆に情報過多な部分もあり、ディレクションの確かさよりも、キャストの力量に依存する部分が大きいように感じてしまいました。

『銀河鉄道999』には少年の成長、恋、男と女、母親、死、夢...いろんなテーマが内包されていて、プレゼンテーションはワンテーマが基本と言われている現代において複雑過ぎると個人的には思うのですが(私が頭悪いだけか)、大きなくくりで言うと「人間讃歌」の物語ですよね。

クレアの純粋さに胸を打たれ、シャドウのこじらせっぷりになぜか共感を覚え、機械伯爵の狂気には、人間が生きる意味を考えさせられる。
永遠は哀しい。

限りある命を生きた人間のトチローだから、鉄郎に「本当の永遠」を教えることができる。
生身の人間が演じるということで、よりビビッドにその想いが伝わったのではないかと思いました。
それだけでも、舞台化した意味があったのかもしれません。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー