フォト
無料ブログはココログ

中川晃教

2018年7月 2日 (月)

銀河鉄道999 〜GALAXY OPERA〜 6/27 18:30、6/30 12:00 東京千秋楽

@明治座
27日: B席 3階正面1列目
30日: A席 2階左側1列目

星野鉄郎: 中川晃教 メーテル: ハルカ
機械伯爵: 染谷俊之 リューズ: 矢沢洋子
シャドウ: 雅原慶 クレア: 美山加恋
車掌: お宮の松
大山トチロー: 入野自由
鉄郎の母/トチローの母/プロメシューム(声): 小野妃香里
アンタレス: 塚原大助
クイーン・エメラルダス: 凰稀かなめ(特別出演)
キャプテン・ハーロック: 平方元基

岡崎大樹 高木裕和 高橋里央 出口栄一
富田大樹 長尾哲平 中島大介 バレッタ裕
藤田勇紀 森内翔大 森田カ斗
安里唯 池田美千瑠 新橋和
望月ちほ 安室夏 横関咲栄(男女別・五十音順)


原作・総監修: 松本零士

脚本: 坪田文 作詞: 石丸さち子
演出: 児玉明子
映像演出: ムーチョ村松
銀河鉄道999テーマ曲: 中川晃教
音楽: 久保田修

『銀河鉄道999』は40年の歴史と作品愛ゆえに、昨今の2.5次元舞台ブームに連なるような「舞台化されたらファンが喜ぶ」という図式は成立しない。
作品のファンは、コミックスとアニメを何十年も聖典とし、その図柄と声を自らの中でいわば神格化している、とも言えるでしょう。原作者が総監修に当たるとはいえ、素人目から見ても舞台化するにはリスクが高過ぎる。

また、普段から「観劇する」という習慣を持った人ではないと、直接劇場に足を運ぶというのはハードルが高いそうです。
作品が好きな人たちの中で舞台に好意的な興味を持った人たちがいたとしても、実際に来てくれる人はその数%に過ぎないのではないでしょうか。

ハーロックは「男なら危険を顧みず、死ぬと分っていても行動しなければならない時がある」と言いますが、キャスト・スタッフは原作ファンの批判という”危険”を十分に覚悟したうえでこの作品を送り出しました。

私が主演の中川晃教さんのファンで、時折知らされるハードな稽古の様子から彼の努力の成果を肯定したいがゆえの妄言と言えばそれまでですが、時間も空間も制限される舞台というフィールドで『銀河鉄道999』を表現できたのは、星野鉄郎が役について考えて考えて考えぬくアッキーだからだと思います。

鉄郎は最初、エメラルダスやアンタレスに”坊や”とか”坊主”って呼ばれるけれど、機械伯爵には”青年”って呼びかけられていることに気がつきました。
そこに至るまでの約2時間、子ども時代(お母さんとのシーン)があり、旅に出て様々な経験をし、鉄郎は少年から青年に成長する。
声、話し方、目の力、表情、姿勢、歩き方...舞台上のアッキーの全てでその変化を感じられました。

鉄郎はお母さんとトチローの母にハグされたり、シャドウに抱きつかれたり、クレアに盾になってもらったり手を取られたり、ハーロックとトチローに肩やら頭をポンポンされたり、メーテルに頬を触られたり、エメラルダス様と機械伯爵に顎クイされたり...と、スキンシップを一身に受けるのですが、アッキーの表情とリアクションで、鉄郎の相手に対する気持ちが分かるのです。

感情の動きを投げっぱなしにするのでも押し付け過ぎることもなく客席に届けるスキル、それがアッキーのすごいところだと思っています。


調べてみたらGALAXYという単語には、銀河という意味のほかに「華やかな集まり」という意味もあるそうです。

曲数は多くはないけれどバラエティに富んだ曲や、各ジャンルで活躍するキャストたちもGALAXY OPERAという副題にピッタリでした。

作品のファンが「なぜ鉄郎やメーテルが歌うのか?」とふと現実に戻されてしまったとしても、再現度の高い車掌とアンタレスがいること、圧倒的な美でねじ伏せるエメラルダスとハーロックがいること、リューズが美声でギターを弾き語りしてくれること、それがこの999の世界観を保ってくれている。
それが鉄郎としても心強かったと思います。

明治座というサイドにも席がある小屋型の劇場での見せ方という点では、見切れてしまう箇所が多いステージングに不満があるし、演出としては交通整理が足りなかったり逆に情報過多な部分もあり、ディレクションの確かさよりも、キャストの力量に依存する部分が大きいように感じてしまいました。

『銀河鉄道999』には少年の成長、恋、男と女、母親、死、夢...いろんなテーマが内包されていて、プレゼンテーションはワンテーマが基本と言われている現代において複雑過ぎると個人的には思うのですが(私が頭悪いだけか)、大きなくくりで言うと「人間讃歌」の物語ですよね。

クレアの純粋さに胸を打たれ、シャドウのこじらせっぷりになぜか共感を覚え、機械伯爵の狂気には、人間が生きる意味を考えさせられる。
永遠は哀しい。

限りある命を生きた人間のトチローだから、鉄郎に「本当の永遠」を教えることができる。
生身の人間が演じるということで、よりビビッドにその想いが伝わったのではないかと思いました。
それだけでも、舞台化した意味があったのかもしれません。

2018年6月25日 (月)

銀河鉄道999 〜GALAXY OPERA〜 6/23 18:30 初日

@明治座
A席 2階右側2列目

星野鉄郎: 中川晃教 メーテル: ハルカ
機械伯爵: 染谷俊之 リューズ: 矢沢洋子
シャドウ: 雅原慶 クレア: 美山加恋
車掌: お宮の松
大山トチロー: 入野自由
鉄郎の母/トチローの母/プロメシューム(声): 小野妃香里
アンタレス: 塚原大助
クイーン・エメラルダス: 凰稀かなめ(特別出演)
キャプテン・ハーロック: 平方元基

岡崎大樹 高木裕和 高橋里央 出口栄一
富田大樹 長尾哲平 中島大介 バレッタ裕
藤田勇紀 森内翔大 森田カ斗
安里唯 池田美千瑠 新橋和
望月ちほ 安室夏 横関咲栄(男女別・五十音順)


原作・総監修: 松本零士

脚本: 坪田文 作詞: 石丸さち子
演出: 児玉明子
映像演出: ムーチョ村松
銀河鉄道999テーマ曲: 中川晃教
音楽: 久保田修


この舞台作品は『銀河鉄道999』の実写化というだけではなく、作品誕生40周年を記念したものという側面が強い。
忠実な再現というより、松本零士という果てしない夢を持った漫画家が『銀河鉄道999』をどのように生み出し、なぜ今も漫画を描き続けているのか、というエピソードを織り込んでいる。

なので、劇場版『銀河鉄道999』を1回でも見たことがある人にとっては、「そこで終わるんかーい!」という場面で終わります。
つまり、メーテルに「私は、あなたの想い出の中にだけいる女。 私は、あなたの少年の日の心の中にいた青春の幻影」と言わせない。

今回、トチローの死とエメラルダスとハーロックの友情を通して、青春は終わらないと描いている。
人間には永遠の身体はないけれど、“限りある命を燃やして生きる”ことが、その後”誰かの中で永遠に生き続ける”ことになる。青春は引き継がれる。


原作者であり総監修も務める松本零士先生のコメントがHPに掲載されています。
永遠の命とは何か?に向き合い続ける鉄郎は零士先生自身であり、また鉄郎に限りある命を燃やすことが永遠の命だと説くトチローもまた、鉄郎を生み出す零士先生なのです。

トチローが共に青春を翔けたハーロックとエメラルダス、それはあたかも零士先生と同時代に活躍したたくさんの漫画家たちにも重なるように感じます。
トチローは零士先生であるとともに手塚治虫でもあり、石ノ森章太郎でもあり赤塚不二夫や藤子・F・不二雄や藤子不二雄Aなのかもしれません。彼らは早く亡くなってしまったけれど、残したスピリットは受け継がれていく。

映画でも劇中でも、キャプテン・ハーロックから「男なら失敗するとわかっていてもやらなきゃいけないときがある」という台詞が頻発します。
ハーロックはヒーローで、トチローの親友でもあり、鉄郎にとっては憧れの存在。零士先生にとっては自分を鼓舞する理想の自分の姿なのかもしれません。

脚本の坪田さんは『プリキュア』のシリーズ構成に参加されているのですが、今シーズンのプリキュアのテーマは「女の子は何にでもなれる、何でもできる」(「男の子だってお姫様になれる」と提示した回もあるそうです)。
そんな時代において、「男なら」「男として」という思想を前面に押し出すことは、あまり受け入れられないものだと思うのです。
そこを1人の実在の男が辿ってきた話、つまり、画材と行きの切符だけを持って北九州から列車に乗って東京にやってきた松本零士先生のエピソードとかぶらせることによって、そういう生き方をする人間もいるのだという”一例”にも落とし込んだのは、効果的だと思いました。

名作と言われているものでも、メッセージには普遍性があるものと時代性のものがあると思います。
ある時代では無条件で受け入れられていた価値観がほかの時代では、ちゃんと背景を描いて「なぜそれを伝えなければならないのか」を明確にしなければ反発を招いてしまう。


鉄郎は、ガラスの身体を持ったクレアとの出会い、そしてトチローの生き様から、機械の身体を手に入れて永遠に生きるよりも、今、命を燃やしていきることこそが自分のやるべきことだと悟る。
松本零士先生がたくさんの作品を生み出し80歳の今もまだ走り続けているように、ひとつひとつ懸命に闘っていくことが旅の終着点に辿り着くただひとつの線路なのでしょう。

ただ、個人的には「大事なことなので2回言いました」的に、台詞に何回も出てきたのは過剰ではないかな?とも感じました。なんというか、道徳の授業みたいで。
大事なことは分かったから!みたいに、そっぽを向きたくなってしまうんですよね、ひねくれ者なので。
役者さんたちのそれまでの素晴らしい演技でじゅうぶんに伝わってきます。

私自身は『銀河鉄道999』をリアルタイムで観た世代ではありません。
なので、鉄郎役の野沢雅子さんと言えば『ドラゴンボール』の孫悟空だし、車掌役の肝付兼太さんは『ドラえもん』のスネ夫だし、リューズの小原乃梨子さんは同じくのび太だし(声優チェンジ前の『ドラえもん』世代)、ハーロックの井上真樹夫さんは『ルパン三世』の石川五エ門だし、エメラルダスは『ベルサイユのばら』のオスカルなのです。(『ベルばら』は子どもの頃に再放送やってたんですよねー)

なぜ凰稀かなめさんが『1789』公演を中抜けしてまでこの作品に関わったのか謎だったのですが、彼女もまた宝塚時代にオスカルだったと知りました。それが狙いだったのか!
でも、何かのインタビューで「久しぶりに戦いたかったの(笑)」と答えていたのをお見かけしたので、ファンの方はマントを翻して戦う姿を見られるのは嬉しいと思うんですよね。男役を卒業してしまうとそんな役はなかなか見られないし。
エメラルダスは孤独な女海賊と言われているけれど、戦いに身を賭し胸の中にトチローへの熱い愛を秘めた、強くてかっこよくて美しいかなめラルダス、最高でした。

エメラルダスの盟友ハーロックも、みんなが憧れるようなヒーローofヒーローで、あの衣装を着こなせる元基くんすごい。
ソロはすごく難しいメロディラインだったと思いますが、トチローとエメラルダスと共に戦った日々に想いを馳せ、鉄郎を見守る優しさや年齢以上の渋みや人生の痛みも感じさせるものでした。

同い年のかなめさん、年下の元基くんに「坊や」扱いされるアッキー鉄郎、めっかわ(笑)
小野妃香里さんにもたくさん抱きしめてもらっていて、坊や属性すごいな…。今回3人の母を妃香里さん1人が演じるというのは、”母なるもの”という点がですごく示唆的(舞台に直接関係ないのですが、最後にちょっと書きました)だと思いました。

車掌さんとアンタレスがアニメそのままで、思わず顔がニヤついてしまうほど!
車掌さんはちゃんと腕章が落ちるし、時間城に潜入してくるアンタレスかっこいいよぅ〜(体格差萌)。
冒頭、メーテルに名前を訊かれた鉄郎は、この名前は父親が付けてくれたと自慢気に言っていますが、アンタレスに「男らしい名前だな」と言ってもらえたことで、彼のことを父親と重ねていたのかもしれませんね。

永遠を手に入れてしまった狂気と哀しみの機械伯爵。染様、好演でした。美貌はもちろんなのですが、声が素敵ですよね。
驚いたのが初舞台だというリューズ役の矢沢洋子さん!もともと歌手として活動されているということで、歌う場面のあるリューズはハマり役だと思うのですが、伯爵を愛し抜く覚悟が伝わってくるお芝居、とても良かったです。また別の作品でもお目にかかれるといいな。

雅原さん演じるシャドウも、機械伯爵と同じように永遠を手に入れてしまった女性。艶やかな歌声が逆に失ってしまった生身の身体というものを際立たせていたように感じました。鉄郎が機械の身体を持つことに迷いを持つようになるきっかけとなるシーン、鮮烈な切なさを描いていました。

嬉しいサプライズだったのがガラスの身体を持った銀河鉄道のウェイトレス・クレア!
クレアと鉄郎の場面はまるでラブコメのようで、微笑ましくクスッと笑えて、とにかくかわいいです。そりゃ美山加恋ちゃんですからね。
ガラスの身体を持つクレアに出会うことで、鉄郎は人間の身体であることを自覚する。2人の出会いはとても意味深いもの。
そのやりとりがとてもキュートなので、映画版のラストまで描いてしまったら私が立ち直れないかもしれない…これで良かったのかも?(えっ)
クレアちゃんと鉄郎にはキャッキャウフフしていてもらいたい。

メーテル。難しいですよね。
映画やアニメを全編見ていなくともその存在だけはみんなが知っている。
舞台上で声を荒げず、抑揚なく台詞を続けることはかなり難しいことと思います。
鉄郎の母親を殺したのは機械伯爵だけれど、(劇中で明示されないのですが)その状況を生み出したのは自分の母親であるプロメシュームで、彼女の意に沿うように鉄郎を利用する、その葛藤と境遇の悲しみ。
鉄郎のピュアな言動がメーテルを揺り動かしていくのですが、大声で泣いたり叫んだりできないメーテルを表現するのは、鉄郎との対比にかかっているのだと思います。

トチロー(ともう1役)の入野自由くん。
朗らかで情熱的なトチロー、魅力的でした。そりゃエメラルダスの心もゲットしちゃうわ。
機械化人の悲しみを見てきた鉄郎が人間として何が出来るかと考えるようになる、説得力に溢れた存在になっていました。
零士さんパートと999を繋ぐ役として、また、この作品のメッセージを一身に担う役として、かなり特殊な役柄だと思いますが、パーンと弾ける声が仲間を、そして作品全体を鼓舞しているように感じました。

それにしても、アッキー鉄郎と自由トチローのデュエットが素晴らしく、インタビューで2人は声の相性がいいと言っていたけれど、これを聴けて良かった!

アッキーの星野鉄郎は、完璧な衣装のおかげもあるのですが舞台に現れた途端に少年の鉄郎でした。姿勢もかなりアニメを意識して作っているように見えました。
台詞は野沢雅子さんリスペクトを感じさせつつ、冒頭、特に、旅に出発する前とお母さんを殺される場面は初めて聞く声でした。アッキーは「フランキー・ヴァリのトワングが第3の声」と言っていますが、この少年の声は第4の声と言えるのではないでしょうか。

喜び、葛藤、苦悩...それぞれの出来事に正面からぶつかり、鉄郎少年は、銀河の旅で青年へと成長する。その変化を自然に、しかし考え抜いて演じられるのはアッキーだけだと思います。

オープニング、スラム育ちを表現するのにラップを使ったことに軽く驚きつつも、かなり踊るアッキーも見られてラッキーだったり。要注目!
ジャケットにしてもマントにしてもあの衣装は暑いはず。ものすごい汗をかき、約3時間出ずっぱりで舞台を引っ張っています。

初日、カテコで松本零士先生から挨拶があり、キャストにエールを送ってくださいました。また、客席に野沢雅子さんがいらっしゃっていたので、アッキー、お話しが出来ていたらいいなぁ。


正直に言うと、初日を見た感じでは、演出面でこの999という作品と明治座という空間を手に負えていない面が見受けられました。衣装&メイクによる再現度の高さもあいまって、自分の役柄への理解度が深いキャストたちの力に頼っている部分も大きいと思います。

そういった意味では、車内放送(開演前&休憩時間のアナウンス)をキャストにやってもらうのは正解だと思います。
クレアちゃんのツイートによると、クレアちゃんと車掌さんが生アフレコしているのだとか!
次回の観劇も楽しみです。


<ここからは舞台にあんまり関係ない話>
アッキーが出るということで、劇場版のBlu-rayを入手して2〜3回観た程度。
『銀河鉄道999』では、おそらく数えきれないほどの考察や論文が発表されていると思うので、”何を今さら感”があると思うのですが、『銀河鉄道999』の中での描き方で特徴的なのは”母”の存在で、映画では鉄郎の母、トチローの母、そしてプロメシューム(メーテルの母)という3人の母親が登場します。
子どもを慈しみ理解しようとした2人の母親と支配しようとするプロメシュームという描写。

ユング心理学には「太母(グレート・マザー)」という共有されるイメージがあるそうです。
愛情豊かで弱きものを包み込むように優しく保護する姿によって、男性の内面の異性像の理想化となる一方、グレート・マザーには、その包容力ゆえに子どもを飲み込み独占しようとする負の側面もあって、まさしく999ではその両方が描かれていたのだと気がつきました。

鉄郎は母の仇を取るために母とそっくりなメーテルと旅をする。つまり、初恋の女性の中に母を見ている(劇中では言及されていなかったけれど、実際、メーテルの身体は鉄郎の母のもの)。
プロメシュームとの対決はこの舞台版では描かれていないので、鉄郎はずっと「母親は無条件に愛する存在」と信じていて、メーテルが抱える葛藤には気がついていません。
そして旅の中で鉄郎はメーテルと母親は違うと言うようになりますが、機械伯爵を倒してメーテルの元に戻ったとき、成長して愛する女性の前にやってきたのか、それとも母親の面影を彼女に見ていたのでしょうか。

もし続編があるのであれば、描かれるのはここなのかなぁ。

2018年6月12日 (火)

ラヴ・レターズ 6/11 18:30〜

@草月ホール
1階 SD列 下手側

メリッサ・ガードナー: 知英
アンドリュー・メイクピース・ラッド三世: 中川晃教

演出: 藤田俊太郎

アッキーが過去2回出演したときは見ていないので、同じ演目で時間が経って、また、相手役が代わってどう変化したのかは私には分かりません。

たわいもない話題を書いてはお互いの環境を分かち合い、すべてを知ろうとしていた若い2人が、知り過ぎたゆえに離れ、別々の道を歩み、いつしかクリスマスカードのやり取りだけになっていくということだけで時間の流れが分かってしまう構成がリアルでした。
2人のような関係ではなくても、大人になれば(日本で言うところの)年賀状のやり取りだけになっていってしまうものですよね。

ツイッターにアンディのパートをアップしているアカウントがありました(もしかしたら、メリッサのもあるのかな?)。

アンディのこの文面、”書くこと”を”音楽”や”歌うこと”に置き換えてみると、そのままアッキーじゃないか!と思えて、一気にグッと引き込まれました。


少年少女とも言えないような子どもの時代から壮年〜初老期まで、2人が交わした手紙を読んでいく。
2人それぞれの人生でありながら、彼らが1つの物語を作っていく過程のようでもありました。

成長しても少女のように可憐で危なかしく自由奔放で少しエキセントリックなメリッサと、背負うものが大きく重たくなっていくアンディ。
2人は何もかもが正反対で、だからこそ月日が経てば経つほどお互いがお互いを求めるしかなかったのでは。

2人の若い肉体は手紙の中の2人によって結ばれることはなかったけれど、数十年の年月の手紙の2人が実体の2人を近づけ、いつのまにか心と身体をひとつに添わせた。



アンディの妻子、そしてアンディを取り巻く状況からしたら、表面上2人の関係は不適切なものに見えるのかもしれないけれど、アンディは手紙という手段でメリッサにすべてを投げ出し、長い時間をかけてメリッサを侵食してきた。そして、アンディはもはやメリッサの中に生きていて、2人はひとつになるべくしてなったのだと思いました。

学校や家族に束縛されることは苦手なのに、アンディの手紙によってアンディに絡め取られてしまうメリッサ。
アンディは自分にそんな思いはなくとも、手紙でメリッサにある種の呪いをかけ続けていたのかもしれません。

同じく手紙のやり取りによって成り立っている『ダディ・ロング・レッグズ』は、ジルーシャの手紙によってジャービスが現実の呪縛から救われる話だけれど、手紙に込められた思いが相手を包み込んでいく様子としては同じなのかも、とも思ったり。

話はずれますが、殺人犯の兄と弟の手紙について描いたミュージカル『手紙』(原作: 東野圭吾)も、演出は藤田俊太郎さん。手紙の持つ力をまったく別方向で取り扱った作品が同じ演出家というすごい偶然。


舞台上には2脚の椅子の間に小さい机、その上にお水の入ったデキャンタとグラスが2つだけ。
知英ちゃんは頻繁にお水を飲んでいました。
それが、メリッサの情緒不安定さやアンディからの手紙を受け取ったときの心の動きを表現しているように見えて、視覚的にとても効果的だったと思います。
白いワンピースもメリッサの少女性の象徴のようでした。

一方、アッキーは1幕2幕通じてほとんどお水に口をつけなかったと思います。それも、アンディがメリッサの手紙と真剣に向き合っているようで、手紙の中のメリッサとの逢瀬を邪魔されたくないというような意志にも感じました。

子ども時代のピュアなラブ、青春時代の性衝動と感情の不一致、別の恋愛、戦争、仕事を得て自分のエリートとしての務めを果たそうとする様子、結婚……
アンディは50数年を駆け抜ける2時間で目まぐるしく変わっていきます。
でも、”手紙を書く”という行為だけは変わらなかった。

朗読劇ではありますが、アンディを演じるアッキーの表情が刻々と大人になっていく様子を見ることができました。
子ども時代から国を動かす立場になるまで、キュートな笑顔とちょっとした角度で顔に陰影をつけて社会的責任のある男の覚悟のようなもの、ただ座っているだけなのに、年齢の経過を感じさせる演技でした。

アッキーは、殊更に声音を変化させるようなこと(わざとしわがれさせるとか、スピードを変えるとか)をしないのですが、壮年期のアンディの声自体に深みを感じさせられました。
これはJBのフランキーでも思ったことなのですが、その深みというのは、キャラクターが(舞台で描かれていない)経験してきた喜怒哀楽が声に宿っているということなのだと思います。
アンディの地位相応のズルさ、したたかさ、それと相反する元来の純粋さ…。それが声に、朗読に現れている。

そして、ラストシーン、極限まで我慢していたものが決壊した感じの最小限の泣き。素晴らしかった!
例えばJBの「Fallen Angel」、例えば『フランケンシュタイン』の「後悔」…アッキーが伝える“喪失”の繊細な表現が大好きです。
刺されるような、えぐられるような痛みというより、心の奥の奥に大切にしまっていたいちばん大事なものにヒビが入ったような、その人にとって最大の悲劇を静かに慈しんで悲しむような涙。

アンディがメリッサの母親宛ての手紙を読むとき、知英メリッサが手紙を介さずアンディに寄り添っている。もうメリッサはアンディの手紙に縛られることはなく、今度はアンディがメリッサの幻に縛られて生きていくことになるのかもしれません。

メリッサとアンディ、演じる役者さんたちの数だけ、その形はあり、また観客それぞれの環境やテンションに寄って受け取るメッセージが異なる物語だと思います。
だからこそ、こんなに長く上演され続けているのでしょう。

最後に、アッキーは客席ではなく上に向かって投げキスを送りました。
アンディから天の上にいるメリッサになのか、アッキーから亡くなられた演出の青井陽治さんに宛ててなのかは分からないけれど、何か温かい感情がその場を満たしていたように感じます。

2018年5月20日 (日)

ひかりを聴け オーケストラコンサート ♪コトダマの音楽会 partⅡ♪ 5/17 18:30、5/18 18:30

@オーチャードホール
17日: S席1階17列センターブロック
18日: S席1階8列 下手側

中川晃教、三浦大知、木村優一
藤澤ノリマサ(17日)、松下優也(18日)

ピアノ:川田健太郎、葛岡みち
ドラム: 小田原豊 ベース: 渡辺等
音楽監督・指揮: 千住明
東京フィルハーモニー交響楽団

ひかりを聴け ※2台ピアノ+オーケストラ

オン・ブラ・マイ・フ(ヘンデル) /木村
17日: You may cry〜それがあふれる涙なら〜 /藤澤
18日: Eternal now 松下
ふれあうだけで〜Always with you〜 /三浦
Earth Song (Michael Jackson) /中川

悪魔的暗示(プロコフィエフ「4つの小品」より) / 川田 ピアノ演奏

アヴェ・マリア(バッハ=グノー) /木村
ピエ・イエズ(フォーレ) /木村
月の光 (ドビュッシー) /中川
Can’t Take My Eyes Off You(Frankie Valli) /中川
止まらない一秒 /中川
あなたが欲しい(サティー) /17日藤澤/18日松下
17日: 未来への道 /藤澤
18日: 旅立つ日(映画「象の背中」より) /松下
ひかりを聴け/ 三浦
EXCITE / 三浦
music / 三浦+全員

ひかりを聴け/ 全員

『蜜蜂と遠雷』は、ピアノコンクールを題材とした恩田陸さんの作品で、2017年の第135回直木賞と同年の本屋大賞を受賞したベストセラー。

今年の1月には、この小説をベースにしたリーディング(朗読)コンサートが行われました。
木村優一さんとアッキー(大阪公演のみ)は、そのコンサートにも参加しています。(へっぽこ感想は→こちら)
キャストがコンテスタント(コンクールの参加者)の心情を朗読し、ピアノ曲が演奏され、その中で恩田陸さんが詞をつけたオリジナル曲「ひかりを聴け」と、日本語歌詞で歌ういくつかのクラシック曲が出来上がりました。

今回のコンサートは、物語の内容から離れ、「音楽」という共通項を通して集まった4人がコンテスタントのように個性を発揮する”異種格闘技戦”(千住さん談)のようなものでした。順位はつかないけどね。
前回のコンサートで生まれた曲を交えながら、カバー曲、オリジナル曲をピアノとオーケストラの演奏でそれぞれのシンガーが歌っていく、という構成。


アッキーがシンガーソングライターとしてデビューする少し前に大知くんが休業期間に入り、その後、アッキーは舞台俳優としての活動が多くなっていったので、2人が同じ番組やステージに立つことはなかったと思います。

今では役者としてのアッキーも大大大好き。でも私がアッキーを知ったのはデビュー曲を偶然TVで見たからで、原点はシンガー。大知くんのファンはアッキーのことをまったく違うフィールドの人だと思っているかもしれないけれど、スタートは同じところなのですよ。

どうしてこの2人の話から始めたのかというと、2人の出会いが、2人の声の出会いが幸せだったから。

アッキーは、2人で歌うとき、相手が男性でも女性でも、相手の声を生かすことに長けていますが、大知くんと声を合わせて歌うところは、”音楽”が祝福しているようでした。
大知くんの曲「music」ではキュートで楽しそうに、オリジナル曲「ひかりを聴け」では、声の重なりを慈しむように、4人の真ん中で目を合わせて歌っていることが奇跡に思えました。

そこに木村優一さんの包容力のある高音が合わさり、藤澤ノリマサさんの声や松下優也くんの声が加わって、この人たちと観客が音楽で繋がっていること、音楽が包み込んでくれることを実感できた空間でした。


アッキーが1曲目に歌ったMichael Jacksonの「Earth Song」は、17年のホワイトデーコンサートでも歌っています。
原作『蜜蜂と遠雷』の中で、コンテスタントの1人である風間塵という少年が「音楽を外に連れ出したい」「音楽は外にある」と言っているのですが、アッキーは「Earth Song」でそれを表現しようとしていました。

「Earth Song」は、地球が人間によって破壊されていることを訴えている曲です。
特に18日のアッキーは、地球の悲しみ、叫び、痛み、人間の愚かさ、生命を脅かす恐怖、全ての感情が爆発していたように感じました。それが逆説的に自然の美しさを想起させて、音楽が譜面と離れたところで生きているようでした。

一方、ドビュッシーの「月の光」。ピアノとアッキーの声が混然となって、月光に溶けていく。
最初は夜の湖に映る月の静謐な感じから、思索に耽っていると空が白んでくる、その数時間が脳裏に描けるようなドラマチックさもありました。

アッキーは、原作のテーマと絡めて、地球と月という自然の対比をセットリストに組み込み、ダイナミックで悲劇的な「Earth Song」と清らかな「月の光」、この対照的な事象を表現できるのが”音楽”であることを証明したのです。そのことに心から感服しました。

「Can’t Take My Eyes Off You」はフランキーとして歌うよりもパワフルだった気がします。
MCで「この曲は50年前にFrankie Valliが歌った曲だけれど、それを今、自分を通して届けることができる、それが音楽の素晴らしさ」といったようなことを話していたように思うのですが、その50年に対するリスペクトと、それを今の自分が歌うという自負も感じられました。
「止まらない一秒」は、何度も聴いているものですが、歌詞にある「勇気を鞄につめ 希望の駅へ」って、ものすごく星野鉄郎的だな、と今更思ったりしました。
繋がっているんだなぁ。


大知くん、1日目の時点でオーケストラとの呼吸が合っていて驚かされたのだけれど、2日目ではこの機会が初めてだとは思えないくらいにフィットしていて、音楽に対するセンスと勘の良さがあるから、どこを調整すれば良くなるのかすぐに分かって対応できるんだろうなぁと思わされました。
「ふれあうだけで」も1人で歌った「ひかりを聴け」も、オケの音を体全体で感じながら歌っているのが、音を身体とリンクさせてパフォーマンスする人ならではだと印象に残りました。
2日目の「EXCITE」はかなり踊っていましたよね。

また、まったく異分野の現場で、自分のペースに引き込むのではなく、相手をリスペクトしてそこに自分がスッと入っていく姿が素敵でした。

木村優一さんは「ソプラニスタ」と言って、男性でありながら女性のソプラノ音域を歌える歌手です。
女性のソプラノは、時に音が鋭すぎて聴いていると頭が疲れてしまうことがあるのですが、木村さんの声は、耳に優しく、神聖な雰囲気がありながらもリラックスしてしまう魅力がありました。

藤澤ノリマサさんはTVでは拝見したことがありますが、生は初。オペラの歌唱法で日本語を歌う、というのは難しいですよね。
ベートーヴェンの「悲愴」をモチーフにした「未来への道」は、このコンサートの趣旨にピッタリだったと思います。どこまでも伸びやかで、その力で私たちも押し上げられるようなポジティブさ。

松下優也くんは舞台でも活動しているのは知っていますが、残念ながら今まで観劇したことがなく、こちらも生で見るのは初めて。
「あなたが欲しい」は3人聴いたことになりますが、松下くんのバージョンがいちばん好きかも。キラキラ感。

そして、1曲だけプロコフィエフを弾いた川田健太郎さん!1小節の音を拾うだけで1日が終わってしまうのではないかというぐらい複雑怪奇な音の連なりをねじ伏せる超絶技巧。
前回のコンサートでは、プロコフィエフとバルトークの協奏曲を全3曲暗譜で弾ききったという驚異のピアニストです。
千住明さんとは旧知の仲のようですが、彼のピアノは2回のコンサートの核だったと思います。


千秋楽の挨拶で、千住さんから「アッキーは、歌手のみんなのまとめ役として頑張ってくれて…」という言葉がありました。
アッキーは「そんなこと言われたら今、両肩が急に重くなりました(笑)」なんて言っていたけれど、こういう場に不慣れな大知くん(初日は”だいだい”と呼んでましたw)をさりげなくフォローし、松下くんには真っ白のスーツにツッコミを入れつつ「X4」という彼が所属するグループ名を出し、木村さんと藤澤さんとは、4人で歌うときにアイコンタクトを取ってみんなで楽しもうとしていました。
その気配りを尊敬します。

個人的には「(後ろの指揮台にいる)千住さんが前に出てくるまで、口笛吹いて待ってますね〜♪」というどこのスヌーピーですか?というフリーダムなアッキーも大好きですけどね(笑)

このコンサートで多くの出会いが生まれたようで、それぞれのSNSを見て嬉しくなります。
また、一緒に音楽を作り出す機会がありますように!

2018年5月16日 (水)

ジャージー・ボーイズ in コンサート 5/13 17:30

@シアターオーブ
S席 1階10列 センターブロック

フランキー・ヴァリ: 中川晃教
トミー・デヴィート: 藤岡正明(赤)、中河内雅貴(白)
伊礼彼方(青)
ボブ・ゴーディオ: 矢崎広(赤・青)、海宝直人(白)
ニック・マッシ: 福井晶一(白)、Spi(青)

コーラス:
小此木まり、遠藤瑠美子、ダンドイ舞莉花、湊陽奈
白石拓也、山野靖博、森雄基、伊藤広祥、

音楽監督・ピアノ: 島健 演出: 藤田俊太郎


アッキー「皆さん、こんばんはー!僕たちー...」
8人 \ジャージー・ボーイズです!!/
藤岡くん「これで4回目だけど、すっげぇ恥ずかしい!」
アッキー (笑顔で受け流す)

アッキー「このコンサートは春、夏、秋、冬(ここでイントネーションがおかしくなり、やり直し)...」
<ちゃんと言えたので観客から拍手>
それを見た藤岡くん「お前、得してんなぁー!」
アッキー (ニコニコ)

かわいいな、おい。

ペンライトのくだり、
藤岡くん「(青を出していたぴろしに向かって)お前も赤(チーム)じゃねーか!」
ぴろし「どうしたらいいかわからなくなっちゃったから、もういっそ白にしちゃおうかな…」
藤岡くん「お前、今日、赤の大ボス来てるんだぞ!」
というわけで、初演赤チームでニック役を務めた吉原光夫さんがいらしているということが舞台上から明かされてしまいました。
ひっそり見ることは観念したのか、盛り上がる曲が終わると、後ろから光夫さんの「ブラボー」が聞こえてきたのが面白かったです(笑)

カテコのWアンコールでは客席が揺れるほどの”みつおコール”を浴びながら舞台に呼ばれると「ぴろし、すごい歌ってたなー!」と労いの言葉を。客席で聴いていても、その進化ぶりに驚かされましたが、赤チームとして一緒に稽古し演じていた光夫さんからしても、そう感じられたんですね。

ぴろしの舞台挨拶、「なぜかこのメンバーでいると初めての事が全然怖くなくて、力強くて頼り甲斐があって」という部分がいかにもボブらしくて、ニヤッとしてしまいます。
(ちなみに、初演後に行われたアッキーのファンクラブイベントでは、上演期間中の舞台上のハプニングはだいたい赤チームで起きていたとの報告がありました 笑)
初めてのコンサートも、そう思っていたから楽しむことができたのだろうなぁ。

“文化的成長”を促す兄貴たちに囲まれたボブと藤田さんをはじめとするスタッフの方々や音楽的に経験豊富なキャストに引き上げられたぴろし(もちろんものすごい努力をしているのだと思いますが)、とても近いものがあるんですよね。だから、私にとって彼のボブが魅力的なのかもしれません。

「真実の愛」を歌い終わってからフランキーとトミーのハグ拒否→ハグと、ボブとフランキーのパートナーシップ結成の握手拒否→握手が、トミーにやられたことをボブにやるという、フランキーを中心とした兄貴分と弟分の関係性の再現みたいで良かったんですよね。
それを初演の赤チームで見られたことが嬉しかったし、本公演では見られないのに、Four SeasonsがよりFour Seasonsっぽいと思えるスペシャル感がありました。
藤田さんすごい!


さて、千秋楽は前方席で見られたので、舞台上のライトが当たっていない場所でのやり取りや動作がいくつか見られました。

「Short Shorts」の直前に待機しているとき、後ろのセンターから出てくるアッキーと下手袖から出てきてセンターにスタンバるぴろしが、暗い中で向き合って目を合わせてからお辞儀し合っているのが、とても可愛いかったです。

そして、冬パートの島健さんのピアノソロに、暗闇の中で軽く自由にステップを踏むアッキーの美しさにハッとさせられました。音楽の中にたゆたうというのは、こういうことを言うのだな、と。

千秋楽、アッキーの歌声はそれはもう素晴らしく最高だったのですが、それにもまして、フランキーの最後の傍白のときの表情と台詞回しに、言葉が出てこないぐらい圧倒されました。
アッキーとフランキーの境目がないというか、溶け合っているというか。
尽きることのない音楽への情熱を宿した目の力に息が止まりそうになるほどでした。

その後のカテコはとても楽しくヒューヒュー盛り上がったのですが、少し時間を置いてこのシーンを思い出すと、放心してしまうようなすごみを感じました。

再演の9月には、この人はどこまで行ってしまうのだろうと少し怖くなってしまいます。

このコンサートがあったことで、再演から登場の彼方トミーとSpiニックが役としてどう動き、フランキーとボブに向き合っていくのか楽しみになりました。そして初演から安定感があった白チームがどう進化/深化するのかも期待が高まっています。

そうそう、カテコの最後の挨拶になって、光夫さんにマイクを渡してしまったアッキーに、スッと自分のマイクを向けたガウチくん。優しい〜。”癒し”ですね(笑)

で、東宝さん、「Short Shorts」の映像はいつ解禁されますか?(結局そこかよ)


2018年5月13日 (日)

ジャージー・ボーイズ in コンサート 5/12 13:00、17:30

@シアターオーブ
マチネ: S席 1階17列 センターブロック
ソワレ: B席 3階3列 センターブロック

フランキー・ヴァリ: 中川晃教
トミー・デヴィート: 藤岡正明(赤)、中河内雅貴(白)
伊礼彼方(青)
ボブ・ゴーディオ: 矢崎広(赤・青)、海宝直人(白)
ニック・マッシ: 福井晶一(白)、Spi(青)

コーラス:
小此木まり、遠藤瑠美子、ダンドイ舞莉花、湊陽奈
白石拓也、山野靖博、森雄基、伊藤広祥、

音楽監督・ピアノ: 島健 演出: 藤田俊太郎


ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』をコンサート形式で上演するというのは、世界初の試みだそうです。
2016年の初演の本編映像と、リアルタイムで撮影した映像を大画面に映しながら、春(=トミー)夏(=ボブ)秋(=ニック)冬(=フランキー)それぞれのメンバーの語りで極力本編に沿った形で進行していきます。
しかし、その中で、ダブル(トリプル)キャストで歌ったり、フランキーの曲を他のキャストが歌ったり、アンサンブルが歌った曲をFour Seasonsが歌ったりと、コンサートでしか聴けないスペシャルな仕掛けがありました。

このコンサートに出ないメンバー、再演に出演しないメンバーも含めて、『ジャージー・ボーイズ』に関わった人全員の存在を感じる演出で、大音くんが阿部さんと石川くんと前日のゲネプロを見たとツイートしてくれましたが、客席から見て自分たちが確かに『ジャージー・ボーイズ』という作品の中にいると実感できるのは嬉しいだろうと思いました。藤田さんの愛ですね。

フランキーが「僕は古いタイプの人間だから、一緒に世に出るってことは、それだけで約束みたいなものだし、それは鉄の絆だ」とトミーを見捨てなかった理由を語りますが、「初演で一緒に『ジャージー・ボーイズ』という作品を作り上げたカンパニーは”ジャージー・ファミリー”のようなものだ」と、藤田さんにも当てはまるような気がします。

初回公演終了後に特別舞台挨拶(詳細はげきぴあさんでどうぞ)があり、その中で藤田さんが『ジャージー・ボーイズ』脚本のリック・エリスさんの言葉を紹介してくださいました。

「この『ジャージー・ボーイズ』は観客ひとりひとりのものです。そしてこれは、バックステージ、スタッフ、舞台上にいるミュージシャン、バンド、作品を影で支えるそれぞれひとりひとりの物語でもある」

人それぞれの人生には、ハッキリとした形でなくとも、また、順番は違ってもFour Seasonsと同様に春夏秋冬があるはず。季節はめぐり、人や状況は変わる。
聖人ではない、多くの失敗と挫折と絶望を積み重ねていくFour Seasons。それでも彼らには音楽がある。

「誰より愛をくれる人は誰?」
本編最後で歌われる「Who Loves You」の歌詞、それはフランキーにとっては音楽であり、この作品を見ている観客にとっては舞台上に立つ彼らである。
フランキーの音楽に対する思いの強さが、希望となり、私たち観客を照らしてくれているように思います。


「俺、トミー・デヴィート」「俺がトミー・デヴィート」「俺が、トミー・デヴィート」
ヤンチャが過ぎた赤の藤岡トミー、ええカッコしぃで追い詰められた白の中河内トミー、新生・青の伊礼トミーはふてぶてしい感じ。
三者三様のトミーでとても良かったです。

「伝説の赤」と、客席にペンライトの色を赤にするように脅迫、違った、強要する藤岡くん。
台詞が飛んで藤岡くんに無茶ブリする伊礼くん。
舞台挨拶で「僕はアッキーさんが居やすいように、居心地がいいように癒しとなるべく頑張ります。TEAM WHITEは向こう(赤と青)と違って温厚なチームですから」と、続投チームとしてコメントする中河内くん(反対側で膝から崩れ落ちるぴろし)。
個人的に「Big Girls Don’t Cry」のAメロでのガウチくんの肩の動きが最高だと思っているので、歌割りが白チームで嬉しかったです。

ぴろしボブ、頑張りました!
海宝くんがギリギリのスケジュールだったこともあるのか、キッカケの確認が必要な箇所の多くはぴろしくんが担当していたように見えました。

私は本当にぴろしボブが好きなのです。
今まで末っ子ポジションだったフランキーに出来た弟のような存在だけど、いつのまにか音楽という言語を通して強く結びつき、2人で高みに登っていく。
初演ではヤンチャな赤チームの中だからこそ、2人のニコイチ感が可愛らしく特別に見えました。青チームではどうなるのでしょうか。

そして、彼の歌の成長に驚かされました。
「Oh, what a night」はもちろん、ボブ・クルーの下でバックアップコーラスをするシーンでは、戸井さんの超高音パート(通称“いま雨が”おじさん)と阿部さんの男臭いパート両方にチャレンジ。
コンサート自体が初めてだとのことですが、夜公演では観客を煽る仕草もあり、色々な挑戦も楽しめているように見えました。

海宝くんは、フランキーとメアリーの曲「My Eyes Adored You」と、バックアップコーラスでは、まりゑちゃんのパートを。
音程だけではなく音色を合わせるというところまで持っていくというジャージー・ボーイズのコーラス。
白チームの安定感は、海宝くんの歌唱力と実力があってのもの。
それが「フランキーを世に出すのは自分だ」というボブの自信に繋がっているように見えて、クールでクレバーな白ボブ像を作り上げていたと思います。
どう深めていくのか楽しみです。

「Dawn」は藤岡くんの合図から全8人で。
さすがにコーラスの厚みがスゴい。その中から浮かび上がるフランキーの歌声の頼もしさ。

最初にフランキーに歌のテクニックを教えてくれたニック。どんなことがあっても「みんなと一緒だ」とついて来てくれるという安心感。
福井さんと、光夫さん、そしてさらに身長の高いSpiくんの大きさは、その余裕のようなものに視覚的な説得力がありました。
だから、フランキーもボブもトミーも甘えてしまったのだと。

白ニックの福井さんは、飛び道具な役割。
それまでバランスが取れていたトミーの借金が発覚した後の爆発力は物語を大きく動かす。
福井さんのソロ曲が意外性があったかも。

Spiくんはニック役としては未知数なのですが、「Beggin’」では体全体でリズムを取る感じで躍動感がありました。
でも、カテコライブの「Big Girls Don't Cry」のSilly Girl〜♪で自分から白ニックの福井さんに絡みに行くあたり、もうちゃんとニックでしたね(笑)

そして、冬のパート、フランキー。
冬パートは大画面に壇上のカメラで撮影されているリアルタイムでの映像も初演の映像も映されない。フランキーを演じるアッキーの声だけで物語を紡いでいく。
それだけアッキーの歌に力があるということ。

天使のような歌声の春パートでは、トミーたちの後ろでキュートにペンライトを振っている様子がまさに天使かと思いましたね??なんだあの可愛い生き物。
夏はオリジナルFour Seasonsの全盛期。照りつける夏の太陽のように強力なヒット曲と雲まで突き抜けてしまいそうなフランキーの高音。
秋から冬は、台詞に人生経験を積んだフランキーの凄みが感じられました。

ジェットコースターのような展開でも、勢い任せにせず、丁寧に台詞を紡ぎ、歌う。
アッキーのお芝居の好きなところです。

新しいFour Seasonsを集めてヒットチャートに返り咲く貫禄たっぷりの「Walking My Way」の後に続く悲劇。

春パートで、トミーがフランキーの声を聴いて「Earth Angel」を歌い、冬パートでは、フランキーがフランシーヌを思って「Fallen Angel」を歌う。
地上に堕ちてきた天使が自分の天使のために歌うラブソングの美しさは神聖なレクイエムのようにも感じます。

ここまで、いろいろ書いてきましたが、このコンサートを通して中川晃教って最高じゃない?ってところに帰結してしまう。
大正義・中川晃教、大天使・中川晃教。

舞台挨拶で藤岡くんが「演出家に嫌われたので再演には出られないんですが(藤田さん: 私は藤岡正明さんが大好きです!!)」とジョークを飛ばしていましたが、9月からの再演には出演しない藤岡くんとアッキーの絡みがたくさん見られたことは、私にとって素晴らしい経験でした。藤田さんありがとう。

「真実の愛(A Sunday Kind Of Love)」で向かい合って声を合わせて歌うアッキーの充実した表情、カテコライブの「Can’t Take My Eyes Off You」で藤岡くんがアッキーの歌にアレンジをかぶせて楽しそうに笑い合う様子。
この作品と音楽が2人の出会いを喜んでいるようでした。

さて、このコンサート、ほぼ本編を見たような満足感があるのですが、「Four Seasonsという名前でグループがひとつになった瞬間」と、ボブ・クルーに曲が認められた場面は再現していなかったのです。(もっくんボブ・クルーの印象的なあの台詞もお預け)
Four SeasonsがFour Seasonsになるその瞬間は、本編を見なければわからない。

世界初のコンサートバージョンを経た9月の再演がますます楽しみになりました。

あと、東宝さん、ひとつお願いがあるのですが、Short Shortsのアッキーがめっちゃ可愛かったので、映像を売ってください。(これで締めるのかよ)

2018年4月22日 (日)

4/21 中川晃教 Symphonic Concert 2018 Spring has Come

@板橋区立文化会館
1階1列 センターブロック

中川晃教(vo)
高谷光信(指揮) 音屋室内管弦楽団

<1幕>
銀河鉄道999(『銀河鉄道999〜GALAXY OPERA〜』より)
LISTEN

旅人
Stereo Voice
フタツ、ヒトツ Futa-tu, Hito-tu
<2幕>
Ease On Down The Road(『The WIZ』より)
Believe In Yourself (『The WIZ』より)
HOME(『The WIZ』より)
Can’t Take My Eyes Off You(『Jersey Boys』より)
ユーアーザスーパースター
止まらない一秒
相対性理論

I Will Get Your Kiss
僕こそ音楽(『モーツァルト!』より)

人生で初めて東武東上線に乗って人生で初めて板橋区に来たら、初っ端からギャラクシーエクスプレスに乗せられて宇宙に連れて行かれました(笑)
制作発表で披露されたとはいえ、まだ上演していない舞台の劇中曲を1曲目に持ってくるとは!
でも、「今、旅に出る!」という歌詞で終わるこの曲は音楽の旅とも言えるコンサートの始まりにピッタリでした。

『銀河鉄道999』原作者の漫画家・松本零士先生は、板橋区のお隣の練馬区にお住まいで、また、練馬区はアニメの製作会社が多い場所でもあるのだとか。

「銀河鉄道999」はサントリーホールでも聴きましたが、ゴダイゴの「銀河鉄道999」の疾走感を意識した箇所もありつつ、今回もう一度聴いてみて、曲調が何度も変わっていく感じはQUEENの「Bohemian Rhapsody」を思い起こさせるな、とも感じました。

「LISTEN」を2曲目にした理由。
アッキーがMCで、オケのそれぞれの楽器の音が聴けるアレンジの曲だからそれも聴いて欲しいと話してくれました。
アッキーはコンサートで(この曲だけに限らず)歌だけではなく楽器の響きや重なり方も聴いて欲しいと言うことが多いのだけれど、自分の声も楽器、音楽を伝えるための道具だということも言っていて、まさに「音を楽しむ」伝道師なのかもしれません。

日差しが強く初夏のような天気の日でしたが、「春」と「旅人」では、うららかで爽やかな春の空気で客席が満たされました。
特に「旅人」は、オケの演奏で気持ち良さそうに歌うアッキーの歌声が、原曲である「花のワルツ」の踊りたくなるようなメロディーと旅に出る主人公の高揚感を見事に表現していて出色だったと思います。

旅に出ることはステージに立つ自分に必要なことというMCから、先日行ってきたカンボジアの話を少し。
実在したカンボジアの王様を題材にした三島由紀夫の戯曲『癩王のテラス』では、病気を患った王様の精神と肉体の対話が描かれるそうです。人間という1つのものでもあり2つにも分かれる。1つが2つ。2つで1つ。

そんなところから選曲のヒントを思いつくのかという面白さと、「Stereo Voice」と「フタツ、ヒトツ」という曲調でも歌詞の内容でもほぼ正反対の色合いを持つ2曲を並べるという意外性にやられました。

そういえば「フタツ、ヒトツ」では、指揮の高谷さん(通称: ミッツ)が歌詞を口ずさみながらタクトを振っているのが見えました。
冒頭の「999」では、高谷さんがアッキーにメーテルにされかかったり(笑)、アッキーが客席に「ミッツー!」と呼びかけるように要求したり、MCのときにオケの皆さんの反応を見てみたり、(感想は書いていないのですが)昨年のクリスマスツアーのときよりオケとグッと距離が近くなったように感じられたのが嬉しかったです。

2幕は、大好きな『The WIZ』の3曲からスタート。
「Ease On Down The Road」はドロシーとかかしがエメラルドシティに向けて出発する曲なので幕開けに相応しい1曲。アッキーとオケが軽やかに黄色いレンガの道を踊りながら歩いて行く、その周りから観客も参加していつのまにか賑やかな大所帯になっていく映像が思い浮かぶような、とにかく楽しい曲。

「Believe In Yourself」では「自分の心の中にあるものを信じなさい」と力強く歌い上げ、それを受けた「HOME」では大好きな家の存在を再確認する幸せと喜びが感じられました。そして、アッキーのHOMEのひとつには、音楽という世界もあるのだろうと思います。

「Can’t Take My Eyes Off You」はオケとやった中では今回がいちばん自由度(フランキーではなくアッキー本人として歌う)が高かったかな。伸びやかでいて煌びやか。

「この曲(Can’t Take〜)、甥っ子も大好きで歌うと喜ぶですよ」という話から、子どもたちに向けて書いたという「ユーアーザスーパースター」へ。
子どもに伝わるように意識して作られたものは、もちろん大人にも伝わる。大人はかつての子どもなのだから。
「ユーアーザスーパースター」から感じる優しさや肯定感は、きっとそこから生まれているんだろうな。

「止まらない一秒」は直接的に奮い立たせるというより、心の奥の感情を湧き上がらせて挑戦に向かう人に寄り添う曲だと感じました。

「相対性理論」は可愛らしい歌詞が特徴的なダンスミュージック。そのオケアレンジが最高で、人(ナマの楽器演奏)が生み出すグルーヴに、アッキーの身体と声が自然に乗っていくのがよく見えました。客席に座っている自分も踊りたくなるぐらい心地よかったです。

アンコール1曲目はもちろん「I Will Get Your Kiss」。デビュー曲であるのと同時に、アッキーとともに成長・進化していく曲なのだと思います。

アンコール2曲目、コンサートの締めに「僕こそ音楽」のピアノのイントロが流れたときには、客席から「ほぉ…」「わぁ…」という歓声が。
バラエティに富んだセットリストの最後に歌われる「僕こそ音楽」は反則級の確信犯。

オリジナル曲、POPSSIC、ミュージカル曲、さまざまな曲を歌った後にこの曲を持ってこられる自信。その裏に積み重ねてきたもの。それを体感出来るのはアッキーのコンサートならではの醍醐味。


チケットが届いたのは確認していましたが、座席まではしっかり見ておらず、当日朝にまじまじとチケットを見たら最前列だったことに驚きと少しの落胆がありました。
というのも、コンサートのときは、極端な前方席だと音が上を素通りして感じられることが何回かあったので。

しかし、板橋区立文化会館では、一切ストレスなく素晴らしい歌と演奏を堪能することが出来ました。会場と音響スタッフさんの腕に感謝です。
身体も頭も心も幸せいっぱいになりました。

2018年4月16日 (月)

4/15 中川晃教 Symphonic Concert 2018 Spring has Come

@サントリーホール
S席 1階20列 上手側

中川晃教(vo)
高谷光信(指揮) 音屋室内管弦楽団

<1幕>
The Phantom of the Opera (『オペラ座の怪人』より)
LISTEN

旅人
Stereo Voice
フタツ、ヒトツ Futa-tu, Hito-tu
<2幕>
僕こそ音楽(『モーツァルト!』より)
Can’t Take My Eyes Off You(『Jersey Boys』より)
偉大な生命創造の歴史が始まる(『フランケンシュタイン』より)
銀河鉄道999(『銀河鉄道999〜GALAXY OPERA〜』より)
ユーアーザスーパースター
止まらない一秒
相対性理論

I Will Get Your Kiss
若者たち(※マイクレス)

冒頭、荘厳なパイプオルガンと管弦楽の演奏が流れるなか、キュートに手を振りながらラフな服装のアッキーが登場。
これから歌われる(だろう)曲、サントリーホールという空間とその佇まいのギャップに若干戸惑ったものの、唯一無二の声に一瞬にして魅了されてしまう。

“Sing, my Angel of Music!!”
ファントムが力強く呼び出したのは、春の訪れを告げる音楽の化身でした。

その後のMCでは「このコンサートは大阪から始まって、先週は新宿…じゃなかった、新潟!」という、地名を字の形だけでふんわり覚えている疑惑を堂々披露。

曲の紹介で『オペラ座の怪人』の作曲者アンドリュー・ロイド=ウェーバーの名前を挙げ、6月にシアターオーブで行われるコンサートの話を振ったので「ゲスト出演か?」と思ったら「行きたいですねー」と落とすフリーダムさ(笑)

同じくロイド=ウェーバー作品の紹介として『キャッツ』からは「メモリー」を一節歌い、『エビータ』では「映画ではマドンナが演じたんですよね〜」と「Like A Virgin〜♪」とまた歌い。
サントリーホールなのに、良く言うとビルボードとかブルーノートみたいな客席と近いアットホームな、受け止めたままで言うとゆっるゆるな雰囲気のMC。クラシックホールという改まった場所に来て緊張してた客席の空気も、雪が溶けるように、蕾が開花するようにほころんでいく。

『エビータ』の話を出したのは、次の「LISTEN」のためだったのかも。原曲も微妙にラテンテイストですが、今回のものは私には重いアルゼンチンタンゴのようにも聴こえました。踊るためのタンゴではなく、深い思索、思い出に沈んでいくような。春は終わりと始まりの季節。

どの曲もオリジナル音源よりゆったりとしたアレンジ。特に「春」は、陽だまりで日向ぼっこをしているようなほっこり感。身体の中が温かいもので満たされていく感覚。
「旅人」はキラキラとした陽射しの中を心のままに歩いたり、途中でちょっと踊ってみたり、自然に心が浮き立つ音に合わせてアッキーと一緒に旅をしていると思えるぐらい、ステージから穏やかな心地良い空気感が伝わってきました。

MCでは短いオフの間に訪れたカンボジアの話を。
三島由紀夫の戯曲『癩王のテラス』に影響されてカンボジアを選んだとのこと。少し前に鈴木亮平さん主演で舞台化されましたよね。
遺跡の美しいレリーフ、フランス植民地時代の名残を感じさせるホテル、いろいろなものに刺激を受けた様子が聞けて嬉しかったです。

1部最後の2曲のキーワードは”2つで1つ”。
ステレオは2つのスピーカーから別々の音を出して1つの音楽にする。
2人(以上)いて1つの愛が生まれる。
「Stereo Voice」はカホンのリズムが印象的で、「フタツ、ヒトツ」はストリングスとの相性が素晴らしい1曲。

2幕はアッキーを構成する要素として欠かせないミュージカルからスタート。
シンガーソングライターとしてのデビューとミュージカルのデビュー、2つのデビューがあるのが嬉しいと話していました。

今、ミュージカルシーンが盛り上がっている。自分が2002年に初めてミュージカルに出るときは、レーベルの人に止められたけれど、今では様々なジャンルの人がミュージカルに出るようになったという話も。

それから、ミュージカルと言っても、様々な種類があること。
例えば『ジーザス・クライスト・スーパースター』はまず音楽のアルバムがあり、次に映画が出来て、舞台になったのだそう。

ジーザスクラーイスト♪
ジーザスクラーイスト♪
だーれだ あなたは だーれだー♪
\アッキー☆/ ←ポーズ付き

そんなゆるい話から、いきなり3曲の紹介。

「僕こそ音楽」は天衣無縫自由自在。だって、彼自身が音楽だから。そこにいる本人が音楽だから。
音楽の中に生きているのがたまらなく嬉しい、それでしか自分を表現出来ない。
アッキーの「僕こそ音楽」は、「僕を愛してほしい」よりも「僕と音楽は一心同体なんだ」という宣戦布告にも聞こえるような気がします。

「Can’t Take My Eyes Off You」はポップスの真髄とも言えるキャッチーなメロディーに、英語歌唱だと韻の音がとても特徴的に聞こえます。

一転して「偉大な生命創造の歴史が始まる」は、これでもかというぐらいのドラマチックてんこもりな1曲。そういえば、この曲のお披露目は2016年夏に行われた15周年コンサート、このサントリーホールでしたね。
今回はこのシーンのヴィクターというよりも、中川晃教という稀代の才能がこの曲を自分のものにして歌い上げているように聞こえました。創造しているのは、誰にも追随を許さない中川晃教本人という存在なのかもしれません。

「いま、このエンターテイメントの世界で生かされている自分ができる最大の恩返しはオリジナルミュージカルを作ることだと思う」と言っていたけれど、次回作の『銀河鉄道999〜GALAXY OPERA〜』では、列車に乗って旅立つときのテーマ曲を自ら作曲しています。今までも作中の曲をいくつか提供していますが、一歩一歩着実に夢との距離を縮めているのだとファンとして嬉しくなります。

「銀河鉄道999」はところどころゴダイゴの曲に対するリスペクトも感じられる箇所があり、これが舞台装置、映像、衣裳と一緒になったときが楽しみです。

「ユーアーザスーパースター」は子どもたちに向けて作った曲なのだとか。
『メリー・ポピンズ』が子どもたちの家庭教師に来て、父親の心も救済するように、子どもに伝わるものは大人にも伝わる、と言った話をしていました。

若いときには張り上げるようにして歌っていたけれど、今のアッキーが歌うとものすごく優しい曲に感じます。彼が重ねた年月に弛まぬ努力をしているからこその技術の向上、それを堪能できる時間でした。
途中のジャズセッションみたいなアレンジも素敵だったなぁ。

「止まらない一秒」はオリンピックを見ていて出来た曲。昨年のオリンピックコンサートでも歌いましたね。
一秒のために命を懸けて生きるアスリートと、一秒でも歌を届けようとするアッキー。そのストイックさは重なる部分がたくさんあります。”頑張れ”と表面的に応援しているのではなく、彼自身がとてつもない努力をしているからこそ深い部分で共鳴していることを実感させられる曲です。

本編最後の「相対性理論」は昨年11月に発表された新曲。そのときは、ギター、ベース、ドラム、Wキーボードのバンド体制、次は旭純さんとのピアノ1本、その次はミッキー吉野さんとピアノ連弾。
そして今度はオケとカホンで。どんどん進化していく過程を一緒に体験しているのが面白いのです。
アッキーの類まれなリズム感がいかんなく発揮されつつ、メロディーラインはおそらくアッキーのオリジナルの中ではかなりのポップチューン。そして、歌詞が可愛い曲でもあります。
音源化が待ちきれない1曲です。

アンコール「I Will Get Your Kiss」を歌い終わった後、おもむろにマイクを置くアッキー。
オケの前奏が止まると、マイクレスで歌い始めた「若者たち」。

この歌詞は、『銀河鉄道999』の星野鉄郎の冒険にも、また、アッキー本人が歩むエンターテイメントという世界にも通じるように感じました。

君の行く道は車も使えずナビも作動せず、自分の力だけで歩いて行かなければいけない道でしょう。
でも、他の道を通ってきた仲間と合流して一緒に歩いてみたり、前方に人が歩いているのを見つけたり、後ろから追いかけてきてくれる人を迎え入れたりすることもあるのかもしれない。
その道を少しでも力強く進んで行く助けになるよう、応援していきたいと思います。




2018年3月12日 (月)

HEADS UP! 3/11 13:00

S席 1階 J列 下手側

加賀美賢治(舞台監督) : 哀川翔
新藤祐介(新人舞台監督): 相葉裕樹
久米長一郎・キュウさん(大道具): 橋本じゅん
本庄まさこ(制作): 青木さやか
佐野慎也・バイトくん(大道具): 池田純矢
小山田丈太郎(老俳優): 今拓哉
飯塚浩二(照明): 陰山泰
滝幸男(大道具): 芋洗坂係長
九条六平(大道具): オレノグラフィティ
児玉哲也(音声): 岡田誠
海老澤克美(演出家): 河本章宏
立川エリカ(演出助手): 井上珠美
池田桃子(小道具): 新良エツ子
朝倉まき(衣装): 外岡えりか
真昼野ひかる(女優): 大空ゆうひ
熊川義男(劇場付き雑用係): 中川晃教
福永吉洋、大竹浩一、森内翔太 
香月彩里、谷須美子、伊藤結花、小林佑里花

脚本: 倉持裕 原案・作詞・演出:ラサール石井
作曲・音楽監督: 玉麻尚一 振付: 川崎悦子


初演と再演でエピソードが追加されたり、数人キャストが入れ替わったりしましたが、いちばん変化したのは、ヨッシーと新藤くんの関係性なのかも、と思いました。

初演のヨッシーは、自信のない新藤くんに寄り添って励ますような存在でしたが、再演ではヨッシーからのハイタッチや背中バシーン(笑)などで新藤くんがヨッシーに翻弄されている感じが出ていたこともあり、「30年待っていた」自分の(そして小山田さんの)願望を叶えてもらうべく積極的に関わっていくことによって新藤くんを成長させ、劇場と芝居への想いを自覚させるようにしているように見えました。

そのおかげで『ドルガンチェの馬』は上演されなければならない、という気持ちが観客の中に共有されていたと感じます。

私たちがこの回で体験したのは、まぎれもなく、黎明会館で起きる奇跡でした。あの3時間、舞台も客席も、赤坂ACTシアターではなく、栃木の黎明会館になっていました。あの座組は、確実に『ドルガンチェの馬』1001公演の幕を上げて下ろしたのだと思います。
そして客席は一体となって、それを体感し、応援していました。

客席と舞台は共犯関係。
冒頭でヨッシーが「客席と舞台が一丸となって嘘をつく」と言っているのに、新藤くんのソロに「何歌い上げちゃってるの?」と桃ちゃんがツッコんだり、グルーブナンバーのラストポーズに「この手を上げている時間は何なんだ!」とキュウさんがツッコんだりするという、いわゆる"ミュージカルのお約束"を自ら明かして笑いにしてしまうことで、嘘を真に変えてしまったような感じ。

台詞や歌詞として発せられているのに、それが舞台上にいるみんなの本心として伝わってくるような感覚にさえなりました。

「誰でも1回目はある 積み上げてはまた崩す 人生はその繰り返し 今日がそいつの始まり」
そう、私たちはいつでも始めることができる。

「俺やキュウさんはお前をフォローするために来たんだ、 お前はお前の仕事を、 俺たちは俺たちの仕事をしたんだ」
そう、私たちは私たちのできることをすればいい。

「CHAIN 人はつながっている CHAIN 見えない鎖で」
「小さな釘も カ出せば つなぎとめられる 何かを ひとりじゃない」
そう、私たちはつながっている。それは、見えないものかもしれないけれど。

3月11日という日は、2011年3月11日に日本で暮らしていた人にとっては、生涯記憶に残る日だと思いますが、この日にだけ「忘れない」と声高にうったえる世間に何か居心地の悪さがあり、また、数年前から、この日を迎えるたび、何も出来ていない(復興に直接貢献できていない)、やっていないことに無力感や自己嫌悪を覚えていました。

でも、2018年3月11日に『HEADS UP!』を観ることができたのは、私にとって大きな意味がありました。
私の心は温かい気持ちで満たされていました。
『HEADS UP!』は、舞台のバックステージ物としてだけではなく、本当に多くのことを表現している作品で、エンターテイメントの可能性、持つ力を信じさせてくれました。それを受け取れたことを幸せに思います。

2018年3月 9日 (金)

HEADS UP! 3/3 17:00、3/8 18:30

@赤坂ACTシアター
3日: S席 1階D列 センターブロック
8日: B席 2階G列 センターブロック

加賀美賢治(舞台監督) : 哀川翔
新藤祐介(新人舞台監督): 相葉裕樹
久米長一郎・キュウさん(大道具): 橋本じゅん
本庄まさこ(制作): 青木さやか
佐野慎也・バイトくん(大道具): 池田純矢
小山田丈太郎(老俳優): 今拓哉
飯塚浩二(照明): 陰山泰
滝幸男(大道具): 芋洗坂係長
九条六平(大道具): オレノグラフィティ
児玉哲也(音声): 岡田誠
海老澤克美(演出家): 河本章宏
立川エリカ(演出助手): 井上珠美
池田桃子(小道具): 新良エツ子
朝倉まき(衣装): 外岡えりか
真昼野ひかる(女優): 大空ゆうひ
熊川義男(劇場付き雑用係): 中川晃教
福永吉洋、大竹浩一、森内翔太 
香月彩里、谷須美子、伊藤結花、小林佑里花

脚本: 倉持裕 原案・作詞・演出:ラサール石井
作曲・音楽監督: 玉麻尚一 振付: 川崎悦子

横浜発のミュージカル 『HEADS UP ! 』 が富山、上田、大阪、刈谷を回って旅の最終地、日本でいちばんたくさんの舞台が上演され、多くの観客が集まる都市 ・ 東京 (しかも栃木に近かったりする)にやってきました。

じゅんさんが3日のアフタートークで「東京で楽しんでもらえるか心配だった」とお話しされていましたが、観客が多いということは、それだけ劇場や舞台作品に対する思い出や思い入れが多いということだと思うので、絶対にこの作品の良さは伝わると思っていました。

しかし『HEADS UP !』は舞台のバックステージ物という形式を取りながら、始まりと終わり、再会と再開の物語でもあり、私たちの仕事の物語でもあるのです。

この劇場でキャリアをスタートさせる舞台監督と芝居の世界から去っていく舞台監督、劇場の終わりが新しい仕事に飛び込むきっかけとなったバイトくん、とんでもない女優デビューになるも真昼野さんの付き人として本格的に勉強できるようになる衣装のマキちゃん、舞台監督になる夢の第一歩を踏み出した桃子。

真昼野さんがマキちゃんを育てようと考えたのは前夫の加賀美さんが新藤くんを指導しているのを見たからだし、バイトくんが如月社に入ろうと思ったのは子どもの頃にもキュウさんの薫陶を受けていたと思い出したから。舞台と黎明会館によって新しい繋がりを作ったこの2人が歌う「CHAIN」はとても意味深いものですよね。

トラブルだらけの1001回の公演を終えて、小山田さんとまさこさんは2000回の目標に向けて新たなスタートを切る。

ヨッシーは、そのすべての原点とも言える存在。

30年前、この若者は使命を持って職務に取り組み、命を落としてしまった。それでも彼は劇場に残り、また黎明会館で『ドルガンチェの馬』が公演されることを待ち続けた。彼の劇場に対する純粋な"愛"が光となって、この『HEADS UP !』という作品を照らしているのだと思います。

2幕冒頭、『ドルガンチェの馬』のラストで黎明会館の看板を覆っていた幕が取れてしまうアクシデントは、30年間待ち続けたヨッシーのために神様が空から少しだけ手を貸したのではないでしょうか。1001回目の『ドルガンチェの馬』は、黎明会館で熊川義男に向けて送られたプレゼントなのだから。

カテコが始まるとき、搬入口の奥で握手を交わすヨッシーと小山田さんを見ると、心から「あぁよかった…」という想いがこみあげてきます。

30年前の1人の行いが、キャリアの節目を迎えた老俳優を動かし、座組全体を動かした。
みんなが持ち場でそれぞれの仕事を果たし、作品の幕が上がりきちんと下りた。

翔さんが8日のカテコ後に「ひとりひとりの力は小さくても大きな夢を成し遂げられる、その実感を持って最後まで頑張りたい (大意)」 と挨拶をされました。 加賀美さんは劇中で「俺がいなくても現場は回っていくんだ」 と進藤くんに言いますが、それは寂しさや諦めではなくて、そうすることこそが”CHAIN”なのだし、それが芝居のためであり、見に来る観客のためにもなる。

「この人でなければならない」という特殊技能を持っている場合を除いて、私たちの普段の仕事も「現場を回していく」ことが第一の条件なのだと思います。
そうやって私たちは毎日を過ごし、社会全体を回している。
大きな目標を達成するのはスーパーヒーローや革命家ではなく"われわれ"なのだというメッセージを感じます。

私たちの多くは人前に名前や顔を出すような仕事をしているわけではないでしょう。でも、社会で提供しているサービスや商品の背後の見えない部分で、自分たちの仕事をしている。

「あなたには知ってほしい。劇場で起きる奇跡。見えるものを支えている目には見えないものたち」
この歌詞に私たちの思いも重ねてしまうのは傲慢かもしれないけれど『HEADS UP!』を見ると、少しだけ元気になって頭を上げて劇場を後に出来るのは「私たちの物語」だと受け取るからかもしれません(すぐに「仕事したくない」とか言っちゃうけどね)。

何回見ても楽しい、何回見ても感動する、何回見ても新しい発見がある。
舞台全体から発する熱を感じるため、劇場にまた足を運んでしまうのです。









より以前の記事一覧

その他のカテゴリー