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2014年4月27日 (日)

DANCE ACTニジンスキー 4/24ソワレ

@銀河劇場
S席 9列 下手側

ヴァーツラフ(ヴァッツァ)・ニジンスキー: 東山義久
ブロニスラフ(ブローニャ)・ニジンスカヤ: 安寿ミラ
セルゲイ(セリョージャ)・ディレギエフ: 岡幸二郎
ロモラ(ロムシュカ)・ド・ブルスカ: 遠野あすか
フレンケル医師: 佐野大樹
スタニスラフ・ニジンスキー: 和田泰右
舞城のどか 穴井豪
加賀谷真聡 長澤風海(ヴァッツァの少年時代)

振付: 平山素子、港ゆりか

ヴァッツァは、
自分がいつか踊れなくなる、
いつか自分もスタニスラフのようになってしまうと、
心のどこかで思っていたのではないかな。

言葉のチョイスが難しいのですが、
来たるべき「その日」に向けて
命を削って踊っていたように思えました。

というか、文字通り、
踊ることが生きることだったのだと。
もちろん金銭的な意味もあったし、
「牧神の午後」の最後に見せたいわゆる自慰行為?
みたいに、
もっと人間の根源的な部分と結びついていたのかも、と。

セリョージャはなんとなく、
ヴァッツァは踊ることのみにて「生きて」いられる
人間なのだと、
分かっていたんだと思うんですよね。

妻として、母としてのロモラは
言葉の面でコミュニケーションがうまく取れなかったこともあると思いますが、
いつの間にか「生活」していくことが最優先となり、
セリョージャからヴァッツァを解放したつもりが
逆に縛りつけていたように見えました。

何回も繰り返される
「私はヴァーツラフ・ニジンスキーの妻ですから」
という台詞が、
なぜかとても悲壮的に聞こえました。

ブローニャはもうひとりの主役というか。
ヴァッツァの影のように、彼を手伝い、支え、
ヴァッツァ亡き後も、バレエに携わった。
ヴァッツァのように伝説にはならなかったけれど、
彼女が振り付けは
何人ものバレエダンサーに受け継がれた。

そこには何をしても兄には叶わないという自嘲や諦念と、
逆に兄には出来なかったことを成し遂げたいくばくかの誇らしさような、
一種の矜恃みたいなものが感じられました。

踊ること、踊りにかかわることでしか
生きていけなかった兄と妹。
2人の生と死はとても対照的なもので、
何を持って成功と為すのかは難しいし、
どちらが幸せだったのかを
他人が判断するのもおかしいことなのですよね。


さて、今回のお目当ては
バレエダンサーの長澤風海くんでした。
彼の背中、どうなってるんでしょうね?
関節の数が人の倍はあるのでは、というような
なめらかなレイバックポジション。
小柄な体躯を感じさせない空間の使い方。
力みのない跳躍。
息苦しい展開の続く舞台の中で
彼が踊ると
自由で爽やかな雰囲気を感じられました。

ヨシくんは、
まったくバレエじゃないのに
バレエダンサーに見えるという不思議。
憑依型と評される役者さんはたくさんいますが、
取り憑かれたように踊るダンサーもいるのだな、と。
それから、ヨシくんは声もとてもいいですよね。

安寿ミラさんのダンス、
とにかくかっこよかった!
燕尾服みたいなシルエットのスーツでは、
やはり元男役トップスターといった身のこなし。
男でも女でもない、男役のかっこよさ。
一転、ドレープをたっぷりとったドレスでは
しなやかな魅力で。

岡様は、男性と一緒にいてこそ
その大きさが分かるというか…!
ヨシくんと並んでもあの身長差があるのですね…。
耽美、快楽、頽廃、倒錯…
妖しい雰囲気の中に傲慢な厳しさと優しさが見える
セリョージャは岡様にしかできないと思いました。
ふくよかなのに憂いを帯びた歌声を堪能致しました。

遠野さんの声、
ちょっとだけ秋元才加ちゃんに似てるなーと思いながら聞いていました。
フレンケル医師役の佐野さんとの
こちらが触れてはいけないような空気感が印象的でした。
女って、女って…!と思ってしまうのは
私に女性性というものが足りないからなのかなぁ。





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