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2019年7月 9日 (火)

中川晃教コンサート2019 New Wind with the Trio in Early Summer

6/16 横須賀ベイサイドポケット

6/20 横浜みなとみらいホール

6/23 東北大学川内萩ホール(仙台)

7/7   紀尾井ホール(東京)


チェロ: 細谷公美子

クラリネット: 稲本渡

ピアノ: 園田涼


Your Song / Elton John ♠︎

Can’t Take My Eyes Off You / 『ジャージー・ボーイズ』より

旅人

終わりのない愛

Bohemian Rhapsody / QUEEN ※

Smile / Charlie Chaplin ※

Save Our Souls 

相対性理論

砂のロープ ♥︎

マタドール

止まらない一秒

粒子 ♥︎

Family 

<アンコール>

I will get your kiss

見上げてごらん夜の星を / 坂本九 ☆

♣︎ 中川晃教弾き語り

※ 中川晃教&ピアノのみ

♥︎ 新曲

☆ マイクレス


北は山形、アッキーの故郷・仙台から南は福岡まで全国のホールをめぐるコンサートツアー、私は4ヶ所に行くことができました。


チェロ、クラリネット、ピアノのトリオ編成。

そこに、中川晃教の”声”という楽器が加わる。

チェロとクラリネットって、楽器の中で人の声に似ていると言われているんですよね。だから、一風変わった編成なのだけれど、音の親和性がすごく高い。

アッキーのコンサートに行って実感することは、声と楽器が歌と伴奏ではない、ということ。

全部が一体となって”音楽”を作っていて、楽器隊の人に絡むというか話題を振るのは、客席に音の全部を味わって欲しいという思いからなのだ、と。


実際、このコンサートの中でも、メンバー紹介以外にその楽器がどういう音なのか無茶振r...デモンストレーションをするコーナーがあります。


紀尾井ホールの日は七夕だったので、チェロの細谷さんが童謡の「たなばた」、クラリネットの稲本さんが「きらきら星変奏曲」、ピアノの園田くんはさらにジャズ調にアレンジした「きらきら星」を披露。

他の日では「クラリネット壊しちゃった」のメロディを吹いてアッキーから「もっと高尚なのがいい!」とつっこまれたり、「今の気分は?」と聞かれた園田くんが「What are you afraid of」のイントロを弾いて驚かせたり(「こんなピアニストの人今までいなかった!」)、仙台公演では「青葉城恋唄」をさらっと弾いてみたり、プロのひらめきと演奏にワクワクする時間でした。


このツアーでは、セットリストは固定なのですが、だからこそ、自分の(観客としての)状況で受け止め方が違ってくるのが面白かったです。

例えば、休みの日に小旅行気分で行った横須賀は私のウキウキした気分と呼応するようにエキサイティングだったし、すごい勢いで仕事を終わらせ電車に飛び乗って向かった横浜では夜公演ということもあって心から癒されたし、仙台では会場の雰囲気が温かく空間全体がこのコンサートを抱きしめているような安心感がありました。


そして、紀尾井ホールでアッキーが「(回を重ねることで)セットリストが熟成されてきた」と話していたけれど、それまでも素晴らしいものでしたが仙台からの2週間で完成度が桁違いに上がったように感じました。

何がすごかったのか、というのを言葉にするのは難しいのですが、ひとつ言えることは、このツアーを通してアッキーがとてつもない進化をしているということ。


弾き語りでピアノとの関係性を提示した後にミュージカル俳優としての顔もアピール、POPSSICの2曲で愛というものの陽/陰を表現し、園田くんのピアノ1本で歌い上げる「Bohemian Rhapsody」で圧倒してからの「Smile」の優しさに満たされる。


初めての土地、初めての観客を引きつけるためによく知られた曲のカバーから始まりオリジナル曲へ。


新曲が2曲。「砂のロープ」と「粒子」。

数えられないもの、測れないもの、目に見えないもの。それは愛や意志なのかもしれません。

横浜だったかな?曲を作るときには、浮かんできたメロディをもとに考え抜くタイプ(「出来立てのスープもいいけどグツグツよく煮込んだものも美味しいでしょ?」)だと言っていて、そういうことを知れたのもよかったなぁ。


個人的には「粒子」の”ひとつの身体に無限のエネルギー”という歌詞がアッキー本人のことのように感じられてとても好き。この曲は静かに始まって静かに終わるのだけれど、サビでまさしくエネルギーが爆発する感じがあって絶対にアッキーにしか歌えない。「止まらない一秒」からの流れで、内から何かフツフツと湧き立ってくるような力強さがありました。


「相対性理論」や「粒子」といった、自分の周りの不思議なことに対する興味を歌にするのは面白いですよね。

そこからラストが「Family」というのが、野球の配球でいうと変化球で様子を見てからの超速球ストレートど真ん中でアウトを取ったという感じでしょうか...(分かりにくい)。

たぶんアッキーのオリジナルの曲の中でいちばんと言っていいほど、気持ちがそのまま表れている曲じゃないかなぁ。そのてらいのなさに素直に感動するのです。


アンコールは自分を初心に戻してくれる曲だというデビュー曲、それからマイクレスで「見上げてごらん夜の星を」。客席が静まり、ホール全体と、楽器と、アッキー自身...全部がひとつに溶け合うような感覚になりました。


ツアーはまだ続きますが、私のコンサート参加はここまで。

最後に仙台公演のときのツイートを貼っておきます。

これもきっと何か目に見えないものなのかもしれません。


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2019年6月20日 (木)

キネマと恋人 6/12 18:30

@世田谷パブリックシアター

2階 2列目


妻夫木聡 緒川たまき ともさかりえ

三上市朗 佐藤誓 橋本淳 

尾方宣久 廣川三憲 村岡希美

崎山莉奈 王下貴司 仁科幸 

北川結 片山敦郎

台本・演出: ケラリーノ・サンドロヴィッチ


“どんなときも どんなときも

僕が僕らしくあるために

「好きなものは好き!」と

言えるきもち 抱きしめてたい”


かつての大ヒット曲がふと頭をよぎった。


人は誰かの娘/息子であり、きょうだいがいれば兄/弟や姉/妹であり、結婚してしていれば夫/妻であり、学校に行っていれば学生であり、会社で勤務していれば社員である。


しかし、”自分とはどんな人間か” というときに芯となるものはその人の所属や関係性ではなく”自分は何が好きか”なのではないか。


“好き”という単語が甘ったるいと考えるならば、”自分が生きていくために支えとなるもの” とも置き換えてもいい。

つまらない日常、どうしようもない境遇、苦しい生活。


そんな日々を乗り越えるための光となるもの、それがハルコにとっては映画であり、世田谷パブリックシアターの客席に座っていた人々にとってはこの作品を含む舞台演劇ということなのでしょう。


『キネマと恋人』で描かれるのは、実生活と映画の中、つまり、こちらとあちらの世界の融合なのだけれど、それは舞台上と客席という現在進行中の関係性にも重なって見える。映画に夢中になるハルコは客席の私たちの姿。


約3時間半という長い作品だけれど、ダレる箇所や余分な部分を一切感じず、笑い、じんわりと泣き、人生の輝きとままならなさを抱きしめて劇場を後にしました。


緒川たまきさんハルコの操る架空の方言の心地よさ、妻夫木聡さん2役の圧倒的な陽の雰囲気、ともさかりえさんミチルのリアルなヤバさ(笑)


登場人物全員が愛おしくなる、素敵な作品でした。個人的に、ハルコとミチルのやり取りは2人ほど密接な繋がりはないものの、私自身が妹のいる姉ということもあり、言語化できない「なんか分かる」の連続でした。


俳優が演じる役と役者の相似性と相反性に笑ってしまったり、映画のお約束が現実だと通用しなかったり、逆に映画の中でもキャラクターは日常を暮らしていたり。

映像と生身の人間の完璧な掛け合いは見事の一言。


初演のときに持っていたチケットがまさかの公演中止日(確かキャストのインフルエンザでしたでしょうか)で、私にとって3年越しのリベンジでした。


その間、私の観劇回数は飛躍的に増加しました。(あぁ、私にもハルコちゃんにタダで映画を見せてくれる支配人さんみたいな人がいたら...!!)


だからこそ、余計にこの作品の夢と現実を身近に感じられたのかもしれません。


2019年5月26日 (日)

BACKBEAT 5/25 18:30 初日

@池袋芸術劇場プレイハウス
1階C列 上手側

スチュアート・サトクリフ: 戸塚祥太(A.B.C-Z)
ジョン・レノン: 加藤和樹
ジョージ・ハリスン: 辰巳雄大(ふぉ~ゆ~)
ポール・マッカートニー: JUON(FUZZY CONTROL)
ピート・ベスト: 上口耕平
アストリッド・キルヒヘル: 夏子

ムーア/ベルト・ケンプフェルト/ジョージ・マーティン ほか:鍛治直人
ムーア夫人/トップ・テン・クラブMC/レーバーバーンの店員ほか: 田村良太
クラウス・フォアマン/リンゴ・スター: 西川大貴
ローザ/レーバーバーンの店員ほか: 工藤広夢
アーサー・バラード/トニー・シェリダン/エドゥアルド・パオロッツィ/ブライアン・エプスタイン: 鈴木壮麻
ブルーノ・コシュミダー/エルヴィス/医師: 尾藤イサオ

作: イアン・ソフトリー
スティーヴン・ジェフリーズ
翻訳・演出: 石丸さち子
音楽: 森大輔

私が知っているビートルズというグループは英語の授業で歌うような”行儀の良い”音楽のイメージでした。しかし、彼らにもヤンチャ(過ぎる)で粗野で野望と友情と愛を持て余した若い青春時代がありました。

ビートルズといえばイギリス・リバプールの出身だというのは有名ですが、彼らが音楽の腕を磨いたのはドイツのハンブルク。
そこでの出会いがビートルズから何かを奪い、また、ビートルズの芯を作っていく。
音楽に詳しくなくても、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの名前は知っているでしょう?

リバプールからハンブルクに渡ったのは、ジョン、ポール、ジョージ・ハリスン、ピート・ベスト、スチュアート・サトクリフ(通称スチュ)の5人。世界一有名な4人組と言っても過言ではないビートルズですが、最初からあのメンバーだったわけではないのです。

スチュは絵の才能に恵まれたアートカレッジの優秀な学生で、ジョンに巻き込まれるようにしてベースを始める。
他のメンバーは音楽に全てを賭けて本気で世界のトップofトップを目指しているけれど、スチュには絵を描くことという別の場所にも生きる意味があり、違う道を歩み始める...。
というのが、大まかな流れ。

スチュがアストリッドに惹かれ、アストリッドの思考と己の思考が溶け合っていくさまは、数十年後のジョンとヨーコにも重なって、和樹ジョンに「あんたもいずれそうなるんやで」と教えてあげたい気分に。

グループ(音楽に限らずですが)のメンバー脱退問題に異性が絡むと物語は途端に面白くなくなるんですよね...。
『ジャージー・ボーイズ』が作品として面白いのは、女遊びが激しかったとサラッと流して、異性問題よりもグループとしてのドラマをきちんと描いているからだと思うのです。

そうそう、ニック・マッシよ。あなた、すごく大変なときにグループを抜けておいて、最後に「グループが4人いて自分がリンゴ・スターだったら?」なんて言っていたけれど、リンゴ・スターはかなりヘビーな状況のときにビートルズに加入してたのよ。あのハードモードを乗り切れたのだから今でも音楽活動を続けていられるんでしょうねぇ…。尊敬。

ポール・マッカートニー役のJUONくんはミュージシャンで初舞台。お芝居自体も8年ぶりぐらいだそうですが、ポールを音楽に対する純粋な好奇心とジョンに対する複雑な感情を併せ持った人物として演じていて素敵でした。もちろん歌もかっこいい!後年ビートルズのフロントマンとして世界に名を轟かせることを予感させるようなチャーミングな存在感でした。
最年少のジョージ・ハリスンは辰巳雄大くん。みんなに可愛がられるキュートなマスコットとして劇中の癒しでした。
ガツガツ突き進むジョンとの対比もあり、この2人の好演は作品に奥行きをプラスしているように感じました。

ジョンは、今まで和樹くんが演じてきたどの役柄とも違うこともあって違和感の方が大きいというのが正直なところ。自信過剰で、自分を持て余していて、皮肉屋。それでいて、スチュのことになると素直に感情をぶつける一面も。
リアルをリアルで描かないのが演劇なのでは?と思っているので、この演出家の「ストレートな生っぽさ」がとても苦手。ジョンの身勝手で下品な言動に引いてしまったということもあるかもしれませんが。
それと歌い方はかなり研究していると思うのですが、曲というかロックンロールというジャンル自体、彼の憂いを感じさせる陰性の声質と合っていないような…。
まぁ私が今のシーンのロックンロールといえばOKAMOTO’SとかTHE BAWDIESとか陽性なボーカルをイメージしてるからかもしれません。

主役であるスチュ(戸塚祥太くん)とアストリッド(夏子ちゃん)は物語の性質上、2人でのシーンが多かったのですが、荒くれ者のビートルズから観念的とも思えるドイツの芸術への傾倒がスチュにとってどういう意味を持つのかがいまいち描かれていなくて、アストリッドが最後まで寄り添った存在としてのスチュ、ジョンやバンドのメンバーが愛したスチュとはどんな人物だったのかがよくわからなかったなぁ、この作品の肝なのに。
でもスチュの内面を彼に語らせるのは演劇的といえば演劇的だけれど、そこだけ何か貼り付けられたような唐突感があって何か変な感じなんですよね…。
ジョンもそうなんだけど、いきなり怒ってみたり大声出してみたり喚き散らしたり...というのが演出家の\ハイ、これが感情剥き出しのリアルでーす!/みたいな演出に思えて好きではないのです。(他の作品でもその傾向がありますよね)

耕平くんが演じるドラマーのピート・ベストはデビュー直前にリンゴ・スターに取って代わられるというある意味では悲劇の存在。
最初から彼だけ衣装の色が違ったり、みんなが手を出した(実際はどうか分からないけれど)薬物を拒否したりと”自分は自分”を貫いていた。その傍らで、仕事をブッキングするなどバンドに対して誠実で一生懸命。
何があってもどっしりと構えて演奏のペースを決める。
「ドラマーがバンドの音を決めているんだ」という自負はそれを支える実力から来るもので、彼のモノローグは『ジャージー・ボーイズ』のトミー、ニック、ボブ3人がミックスされたような心の叫びでした。

そして派手な爆音ドラムプレイは華がありました。
だからこそ、レコード収録のプロとしてはサウンドの好き嫌いがハッキリしたのかもしれないなぁ、と。

それにしても、耕平くんは去年の誕生日イベントで「何か新しいことをやりたくてドラムを始めた」と言っていたのですが、こうして役としてドラマーになるとは…!!ドラムをやっているというのは一つの要素になったようですが、彼が自発的に始めたのは役のお話を頂く前だと言っていたので、何か始めてみる、周りにも声がけしてみるって大事なことなんですね。

脱退したピートに代わり正式なドラマーになるのがリンゴ・スター。西川大貴くんはもともとタップダンサーだからビートを刻むということに関しては優れた資質を持っていると思うのですが、リンゴとしてのキャスティングを知らなかったので生演奏をすると知ってビックリ!また、『DAY ZERO』『道』と共演が続いた耕平くんの代わりとなる役というのもすごい縁だなぁ。
ピートの派手なドラミングと違って、リンゴはラブリーというかポップ。前述したようにグループがかなり過酷な時期に加入するわけですが、フワッとシレッとドラムセットにスタンバイする姿はものすごいメンタルだ…。

もう1役のクラウスはスチュとアストリッドを結びつけるキーパーソン。初期ビートルズのファンでありサポーターであり心酔者。
彼自身も絵を描く芸術家だから、同じく絵を描くスチュと美的才能に溢れるアストリッドが惹かれ合うことは分かっていて、いつも飄々としていながらもやっぱり恋人を失うショックと、それでもなおビートルズの音楽を支持し続ける相反するような言動をお芝居の中に落とし込んでいたのが印象的。

田村良太くんと工藤広夢くんは、女だろうが男だろうが、彼らに関係する登場人物を何役も演じつつ、それぞれギターやダンスという得意分野を生かすナイスキャスティングだったと思います。特に広夢くんのローザはなかなかの曲者で、良太くんの登場シーンもトリッキーで良かったです。

鍛冶さんがいることで芝居が締まり落ち着く感じを受けました。特に5人の若者たちがテンション高く勢いづいてしまっているから、どの役でも受け止めてくれる安心感たるや。
壮麻さんはその若者たちに翻弄されるような役柄が多かったですが、紳士然としたエプスタインの切れ者とのギャップが際立っていました。ビジネスのためなら、笑顔でクビを通告をする残酷さ。
そして何よりあの時代を、あの頃から少し後のビートルズとロックンロールを肌で知る尾藤イサオさんの存在感は言葉で表現できない価値を感じました。

この作品はもともと映画があるようなのですが(未見)、映画であればシーンごとに場面・場所が変わっても違和感がないことでも、舞台ではセット転換や準備のために暗転が必要になる。その切り替わりが多くて、暗転のたびに集中が切れてしまう感覚になりました。
一方で、アストリッドのプラチナブロンド、抜けるように白い肌に映える黒い服、赤いドレスというビジュアルは映像的でとてもインパクトがありました。

もともと音楽活動をしているキャストもいますが、初期ビートルズの5人+リンゴ・スター役の西川くんは舞台上で芝居をしながら生演奏という大挑戦を見事に成し遂げています。本当に頑張っていると思います。
しかし、半世紀以上ロックンロールを歌い続けてきたレジェンドのプレスリーには、やっぱり本物はすごいや、と思わされました。全然ノリが違う。
うーん、音楽って奥が深い。

また、生演奏+芝居になるので必然的に(セリフの代わりに歌うミュージカルより)長くなり、1幕90分+2幕75分(休憩15分)の3時間コースというのはなかなか覚悟のいる上演時間だなぁなどと思ったりもしました。
やっぱり苦手な演出だから長く感じるのかな(直球)。

 

 

2019年5月16日 (木)

木内健人 LIVE 「Dearest」 5/12

@天王洲KIWA

木内健人
柴原直樹 井手口帆夏
熊谷絵梨(pf)

LOVE (Nat King Cole)
At the Grand Hotel (『グランドホテル』)
Anything Goes(『エニシング・ゴーズ』)
秋(『タイタニック』)
最新のラグ(同上)
Only Love / 井手口 (『ルドルフ〜ザ・ラストキス〜』)
Something More / 木内&井手口 (同上)
When Your Feet Don’t Touche The Ground / 木内&柴原 (『Finding Neverland』)
So Close / 歌・柴原、ダンス・木内(『魔法にかけられて』)
Sunset Boulevard (『サンセット大通り』)
唯一の方法 (『SMOKE』)
Firefly / ダンス・木内 (※)
アイスキャッスルに別れを (『グレート・ギャツビー』)
Oh What A Night / 木内&柴原&井手口 (『ジャージー・ボーイズ』)
<アンコール>
Over The Rainbow〜HOME (『オズの魔法使』〜『THE WIZ』)
(※) のみ録音音源、他は全曲生ピアノ

 

木内健人くんの東京初ライブ。

数年前に出身地の徳島で一度やったことがあるけれど、知り合いも多かったし「僕は東京でこうやって頑張ってますよ」というお披露目?発表?のような意味合いのもの。

先輩や仲間たちのライブを見ていて「自分もやりたい」と思っていたけれど、こうやってお客様を集めて開催することはとても勇気が必要だった、と最初に挨拶がありました。

「いつもは何か役を演じている姿を見ていただいているので、今日はありのままの僕をお見せできたら……って、『モーツァルト!』は歌いませんよ()」と茶目っ気たっぷりにスタート。

今までの出演作、チャレンジ曲、憧れの人...しっかり歌い、踊り、そして楽しいMCまで。自分で構成を考えたそうですが、機が熟したからこそ、しっかりと自分自身を伝え、また観客が楽しめるライブになっていたと思います。曲のアレンジはピアノの熊谷さん。振付は千田真司さん。客席後方に千田さんと瀬奈じゅんさんがいらしてました。

 健人くんから個人名が出たのは「Sunset Boulevard」の前に「ミュージカルコンサートでを吉野圭吾さんが歌っていて悪い雰囲気がかっこよかった(から選曲した)」っていうのと、18歳の時に初めて日生劇場で『ウェディングシンガー』を見て憧れたという井上芳雄さんのお2人でした。特に芳雄さんと共演した『グレート・ギャツビー』からの「アイスキャッスルに別れをつげて」では、歌い方に芳雄さんっぽさがあって、共演時に「あぁ~井上芳雄さんだ~~」とホワーっとなってしまったと話してましたがその微笑ましさを感じました。

 でも、ライブを通して振り返ってみると、『グランドホテル』から自分の役の曲(ジミーズの「Maybe My Baby Loves Me)ではなく「At the Geand Hotel」を歌ったり、ラストナンバーが『ジャージー・ボーイズ』の「Oh, what a night」だったり、アンコール「Over the RainbowHOME」が、Over~を英語詞で歌っているのに「HOME」はアッキー版WIZの訳詞だったりで個人的には中川晃教祭の印象...。まぁそれは私がアッキーのファンだからということもあるのだけれど。(木内健人ボブはものすごく鮮やかにいろんなトラブルを解決しそう。トミーの懐にもスッと入り込んでしまいそうだぞ、とか考えたり)

『タイタニック』からの2曲は舞台の世界観がすぐに戻ってくるような実力派エンターテイナーのハートリーそのもの。「Anything Goes」はジャズアレンジで。

ハートリーは相変わらずスマートでかっこよく、冒頭の「LOVE」や「Anything Goes」では貫禄さえ感じるような歌いっぷりでした。

井手口帆夏ちゃんは養成所卒業したばかりの20歳!初々しさと透明感があって可愛らしく、ソロの「Only Love」ではやや緊張しているように見えましたが「Something More」のデュエットでは健人くんのリードで声量も申し分なく、美しいハーモニーでした。白米が大好きで、いちばんご飯に合うのはワサビ(お醤油などもかけず)だと主張するちょっと不思議ちゃんでもありました()大好きなミュージカルは『天使にラブソングを(シスターアクト)』だそうで、いつか出られるといいですね。

すごくいいなと思ったのが、柴原くんとのデュエット!男2人で何歌うかってなったときに、最近では『The Greatest Showman』の「The Other Side」という選択肢もありますが、パッと思いつくような曲(例えば「闇が広がる」とか)ではなかったところに健人くんが深く考えてセットリストを作ったことが伺えて嬉しくなりました。

Finding Neverland』の「When Your Feet Dont Touch The Ground(これも、アッキーは本役のマシュー・モリソンと歌ったことがあるんですよね)の日本語訳詞。劇中では擬似親子のような2人が歌う曲です。柴原くんが最初に出演したミュージカルが、健人くん主演の『遠ざかるネバーランド』で、ピーターパンに関係あるからですよね。

2人はキスシーンがある間柄でした。健人くんの今までの経験で言えば、お稽古場の雰囲気や演出家の考えもありますが、キスシーンは稽古終盤や舞台稽古までやらないことの方が多いそうですが、なんせ柴原くんは初舞台なので稽古初日から「健人さん、キスシーンどうしましょう?」と聞いてきたそうで、それがすごく印象に残っているとか() そりゃもう子どものように可愛く思ってしまうのも無理はないか( *´艸`)

柴原くんは生粋のバレエボーイ。初めて『CATS』を見て、バレエを活かせるダンスもあって、ミュージカルは奥が深いなぁと思ったところからこの世界に飛び込んだのだそう。

 その柴原くんがソロで感情豊かに歌う「So Close」で、健人くんが踊りました。「愛した恋人との時間を経て、今は自分の元にいない恋人の思い出に浸って踊る」という内容だったと思いますが、見えない恋人に対する愛しい思いが確かに見える千田さんの振付、切ない歌詞、柴原くんの声と健人くんの美しい所作が渾然一体となってエモ過ぎる時間でした……あれはヤバかった。

 「自分のことって自分じゃよく分からなくて、案外他人の方が自分のことを知っているのではないか?」という話から客席に自分のイメージを訊いてみると「前歯が可愛い」という珍回答が()

そして、自分のイメージではないだろう楽曲として「Sunset Boulevard」を。『遠ざかるネバーランド』のピーターパンも『Double Flat』のカイもダークサイドに堕ちる役ではありましたが、ここまでギラギラした悪の雰囲気を前面に押し出すのは初めて見ました。

圭吾さんが醸し出す魅力的な色悪、本役のカッキーの露悪的な感じや平方くんの本人が自覚する頃には手遅れの逼迫感とも違う、ただただ悪を自覚して生きていくしかないんだという覚悟が見えるジョーでした。新鮮!

この後はフワフワと後輩2人で繋ぎつつ、着替えを終えた健人くんも参加してあらかじめ募集していたQ&Aコーナー。

Q.地方公演に行く時に荷物は多いですか、少ないですか?必ず持って行くものは?

A.なるべく家と同じ環境にしたいので多くなる。必ず持って行くのは吸入器。

Q.子どもの頃の夢は?

A. おじいちゃんが建築士だったので建築士、チャップリン、黒人のバスケットボール選手。

Q. 阿波(徳島)弁はどんな感じ?

A. 語尾に「じょー」がつく。「これ買ったんじょー」とか。

Q. モテ期はいつ?

A.小2。自分で言うのもなんだけどその頃の僕はすごい可愛かった!バレンタインもたくさんもらった。大きくなったらお母ちゃんさえチョコレートくれない...

柴原くん「今この時(ライブ)がですよね」(ニコニコ)

あと1問は忘れてしまった~。

次回作『SMOKE』から1曲。初演は見逃してしまったので、ドラマティックな歌い上げ系で耳に残るキャッチーさもある曲が、劇中でどう使われるのか、6月のカズさん藤岡くんゆみこさんバージョン、そして78月の浅草九劇がめちゃくちゃ楽しみ!

そこから1曲だけ録音音源のジャズのスタンダード「Firefly(私が持っているのはトニー・ベネットとガガ様の音源なのだけどもっとアグレッシブだったような)で、黒いハットをかぶってのシアターダンス。足さばき、肩の動かし方、徹底的に意識された爪先のポイント...基本に忠実に美しく、でも小粋な雰囲気はふんだんに。そんな健人くんのダンスが大好きだ!

初めての東京でお客様を集めてのライブ。数年舞台を見てきて、歌もダンスもお芝居も何でも出来るという印象を持っていましたが、それは健人くんがこのライブのように、その作品に対してたくさん考え挑んでいるからなのでしょう。

とても素敵なライブでした。ぜひ、また開催されることを願っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年3月21日 (木)

ミュージカル『ソーホー・シンダーズ』 3/11 18:30、3/18 18:30

@よみうり大手町ホール
11日: 9列目 下手側
18日: 3列目 センターブロック
ロビー: 林翔太
ジェイムズ・プリンス: 松岡充
ウィリアム・ジョージ: 東山光明
マリリン・プラット: 谷口あかり
サーシャ/語り: 西川大貴
ヴェルクロ: 豊原江理佳
クローダ: 菜々香 ダナ: 青野紗穂
サイドサドル: マルシア
ベリンガム卿: 大澄賢也
Book by Anthony Drewe and Elliot Davis
Music by George Stiles Lylics by Anthony Drewe
翻訳・訳詞: 高橋亜子
演出: 元吉庸泰

『キンキーブーツ』は赤いブーツを履いたドラァグクイーンというある意味わかりやすい記号を使って”Just Be”という人間讃歌まで物語を昇華させたけれど、『ソーホー・シンダーズ』は”普通”の人は”普通”にそれぞれ違うセクシュアリティはあるし”普通”に幸せに暮らしたいんだよねっていう私たちみんなの話。

でも、SOHOの”普通”と日本の”普通”は違うかもな?というのも見ているうちに感じて。劇中のSOHOはいろんな欲望を巻き込んだごちゃ混ぜの世界。“Its Hard to Tell(誰がゲイかわからない)”は「人の見た目や職業からその人のジェンダー志向やセクシュアリティーはわからない」という曲ですが、まさにそういう人たちが自分たちの日常に”普通”に存在している。生き方が多様化しているからこそ、”普通”の幸せというものは自分でその程度や範囲を考えていかないといけない。例えばヴェルクロが「金魚を飼いたい」というように。全部が”自由”。だからこそ難しいことなのかもしれません。

一方、日本では”普通”でいることは、義務のようなものなのではないか、とも思える節がる。幸せは人によって違うはずなのに、「女の幸せとは」「男たるもの」という何か得体の知れない力によって醸成されてしまった基準のために「普通にならなければならない」と強制されている感じ。

で、それがシンデレラの姉ポジションである劇中のダナとクローダもそうなんですよね。昔ながらの「女」という役割に縛られている。ゲイのロビーを馬鹿にした態度をとりながら、自分たちは男に何かしてもらおうと期待し、裏切られ、「男なんかいらない」と歌い上げる。むちゃくちゃファンキーな服装で下品な言動を繰り広げるけれど”自由”ではないのだな、と思わされました。人は見た目ではわからない。

ベリンガム卿やジェイムズは社会的地位によって自分の本心を周囲に隠して生きている。この2人についても、やっぱり人は見た目ではわからない。

それにしても、現代の王子様はしがらみが多くて大変だ。そして平民がプリンセスになるのではなくプリンスが自分たちのところに降りてくる(演出家談)のが、ロビーが求めた”普通”の幸せの形で”現代版シンデレラ”の特徴なのだろうなぁ。ロビーとジェイムズは2人でいるととても幸せそうで最高のカップルに見えるけれど、それぞれ見ようによっては、周りを振り回して不幸にもしている。でもそれはストレート同士の恋愛にだって起こりうることですよね。要職に就こうとしている男性と下町で生きる男の子が恋に落ちたらなんかいろいろ大変だった。お耽美ではなく、女の子になりたいトランスジェンダーのゲイとしてではなく、ロンドンで生きる”普通”の男性として描かれているのは、実は日本で上演される作品としては珍しいような気がします。ちなみに、キスシーンをダイレクトに見せないのは演出家の萌えだそう(笑)

それから、「誰かと一緒にいたい」という思いと「あなたと一緒にいたい」という思いは一致しないという切なさ。全部を手に入れられないのなら、手放すことが愛の表現になりうる。Let Him Go(彼を自由に)”は、女性2人のデュエット曲として名曲だと思いました。シンデレラといえばの魔法使いは、この作品では、サイドサドルとベリンガム卿らしいのですが、私はヴェルクロとマリリンこそが魔法使いなのではないかなと思ったり。いちばん近くにいて、大切に思ってくれている人が彼らにとっての魔法使いだったのではないかな、と。

ヴェルクロを演じた豊原江理佳ちゃん、若くしてシングルマザーになったパワフルさと親友としてロビーを見守る(トラブルの原因も作っているんだけど笑)優しさを好演。谷口あかりちゃんは『DAY ZERO』でも『High Fidelity』でも必要以上に強がりの女性(妻・恋人)の役でしたが、マリリンはそこから一歩を踏み出すことが出来てとても素敵な役でした。

冒頭からタップダンスをする西川大貴氏、メガネの西川大貴氏、語りを担う西川大貴氏、踊りまくる西川大貴氏、Tバックを頭に被せられる西川大貴氏、ホットパンツ生脚ニーハイソックスにブーティを履いた西川大貴氏が拝めて情報過多。

西川くん演じるサーシャはジェイムズの選挙スタッフとして、また物語全体の語りとして最初から最後まで舞台上にいます。サーシャはみっちゃん(東山光明くん)演じるウィリアムからこき使われる役で、もしかしたら、もう1人のシンデレラなのかも?とも思ったり。

Fifteen Minutes(15分間)”という、ダナとクローダがマスコミに注目を浴びるときに歌われるナンバーがあるのですが、その歌詞によれば「人には人生の中で主役になれる時間が15分だけある」らしい。

海外公演ではサーシャは女の子の役で、語りも1人ではなくバトンタッチしながらいろんな人がやっていたそうです。アフタートークで演出家の元吉さんが「サーシャと語りを1人の人にしたことで、筋が通った」と言っていたけれど、サーシャが最後にある決断をするのですが、最初から最後まで物語を進行させてきたからこそ、彼にも15分間がやってくるということに非常に納得がいきました。

もともとこの作品はプリンシパルの他にアンサンブルが10人ぐらいいるのをこのキャストでやっているので、稽古場では変更というよりも新しく作っていくという感じだったとのこと。それを可能にする、有能過ぎるキャストたちに感服。

悪役のみっちゃん初めてだったけどよくもまぁ憎らしく出来るなーそしてやっぱり歌上手いわーとか。菜々香ちゃんと青野紗穂ちゃんのパフォーマンスには度肝を抜かれたりとか、あのヒールでガンガン跳び降りたり網タイツとスーパースキニーから他の衣装に着替えてまた元の衣装に戻るとか信じられないテクニック。

初めて見た林くん、とても良かったです。ロビーは林くんでなければ成り立たなかったのでは?子犬のような可愛いらしさの裏で、母親から受け継いだ洗濯屋を守らなければというしっかりしたところも持ち合わせている。ジェイムズを思って歌うソロも、ロビーの感情に揺さぶられました。

この作品の曲、とても素晴らしい!海外版は音源が出ているのですぐにiTunesで買いました。ポップな曲とキュートな振り付けを見て楽しむのも良し、ハッピーエンドに幸せを感じに来るのも良し、ジェンダーやセクシュアリティについて考えるのも良し。

いろいろな受け取り方が出来る作品だと思います。


2019年3月17日 (日)

中川晃教アコースティック・ライブ 3/16 16:00

@八ヶ岳音楽堂
G列

中川晃教(vo, pf) 島健(pf)

<第1部>
1. Miracle of love
2. BE IN HEAVEN (ミュージカル『PURE LOVE』より)
3. サンクチュアリ (ミュージカル『PURE LOVE』より)
4. PURE LOVE (ミュージカル『PURE LOVE』より)
5. Sherry ★ (ミュージカル『JERSEY BOYS』より)
6. Can’t Take My Eyes off You (ミュージカル『JERSEY BOYS』より)
7. My Eyes Adored You (ミュージカル『JERSEY BOYS』より)
8. Suite for Piazzolla part Ⅱ (2台のピアノにて。島健さんアルバム『BLUE IN GREEN』より)
<第2部>
9. やすらぎの里 & やすらぎの刻 ★
10. I LOVE YOU / 尾崎豊
11. YOUR SONG / Elton Jhon
12. I have nothing
13. 旅人 (中川晃教 弾き語り)
14. SAVE OUR SOULS (2台ピアノ、中川晃教弾き語り)
<アンコール>
・family
★=島健さんピアノのみ


白い〜寒い〜。

綺麗な天井。

アッキーが八ヶ岳音楽堂でコンサートをするのは、2017年の11月に続いて2回目。前回はミッキー吉野さんと、今回は島健さんと。どちらも大ベテランのミュージシャンです。
長年業界の第一線で活躍している方は、引き出しの多さもバラエティも豊富なのだなと思い知らされます。

島さんはアッキーのデビュー曲のカップリング(「フタツ、ヒトツ」)のレコーディングピアニストを務めてくださったそうなので、歌手デビューから18年近くのお付き合いということになります。
近年では『CHESS』『FIRST DATE』『JERSEY BOYS』『MURDER BALLAD』『フランケンシュタイン』の音楽監督(アレンジ)としてご一緒していますが、アルバム『decade』でピアノを弾いてくださったとのことで1曲目は「Miracle of love」でした。

ゆったりとした、かなり遅いテンポ。ひとつひとつの言葉が観客を通して音楽堂に吸い込まれていくのを確認するように丁寧に。
曲中、間奏に入る前後の歌い方が今まで感じた力強さとは変わって、優しさが前面に出ているようで、励まして肯定してくれるというより、一緒に幸せを見つけているみたいに存在をより近くに感じました。

『PURE LOVE』は、小池修一郎氏が『ロミオとジュリエット』を現代版(日本の芸能界)に置き換えて作ったオリジナルミュージカルで全曲島さんの書き下ろし。
「突拍子もない歌詞が出てきたりするんですが」と振って、歌い終わった後に“絶対純度100% 永久保存版”を観客に復唱させる(笑)
アッキーはお芝居の中の歌をコンサートで歌うときに役を引き寄せて歌うことはあまりないと思うのですが、作品を見ていなくてもあの歌の中にキャラクターの感情があったように聞こえました。いきなり舞台に引っ張られて必死に頑張っている20歳のアッキーと経験を積んだ今のアッキーが歌の中に両存していたのかな。

「Sherry」は昨年の5月に行われた『JERSEY BOYS in CONCERT』の中でも島さんがソロでピアノを弾いていました。スポットから外れて薄暗い中で思いのままに体を揺らしたりステップを踏むアッキーがカッコよかったのを覚えています。今回は柱に寄りかかって。
「Can’t Take My Eyes Off You」「My Eyes Adored You」は2曲とも英語詞と日本語詞をMIXで。音の響きと意味(&本役だという自覚?)のバランスを取るには最良の選択なのかも。

アッキーが島さんがピアノを弾くと景色や感情が見えると言っていたけれど、島さんのアレンジは曲そのものと歌う人との掛け算をしてくれて、どんどん魅力が増していく。

いきなりアッキーから「チャレンジコーナー!」の号令が。そんなものあったんかい。
島さんのアルバム『BLUE IN GREEN』に収録されている「ピアソラ組曲」が好きということで、アッキーからの提案でタンゴを踊………ったのではなく、弾きました!!チャレンジは歌ではなくピアノ!!!
島さんがリードでアッキーが主にリズムのピアノ2台。アッキーの刻むタンゴのリズムの上で島さんの音が躍動したり、時にはアッキーのリズムが支配したり。
ずっと同じリズムを刻み続けることは、人に高揚感をもたらすそうですが(ラヴェルの「ボレロ」とかダンスミュージックとか)、一方で人間がそれをやることは難しくもあり、アッキーの弾き方がだんだんと熱を帯びていく。それを固唾をのんでグッと入り込む客席。これはこの会場でしかなし得ないものだったと思います。

この曲はピアソラが亡くなったときにある意味ちょっとしたピアソラブームが起きたことに対する島さんの反抗心(お父様がタンゴのピアニストだったので、自分はずっと前から知っていたのに!)から作られたトリビュート的なものなのだそう。
アッキーがピアノを弾いているのを見て、ぜひ、ピアソラの「エスクアロ」を取り入れてPOPSSICの曲を作ってくれたらいいなぁと妄想しています。

さて、2部は島さんのピアノから。テレビドラマ『やすらぎの里』そして春から始まる続編『やすらぎの刻』のテーマソングを。2時間ぐらいの映画であれば映像を見て曲を作れるけれど、1年続くドラマだとそういうわけにはいかないから「困惑」とかキーワードだけで発注があるそうで。劇伴を作る人ってすごいな…。
キラキラ感と何かを乗り越えてきた人だけがたどり着く透明感みたいな澄んだ雰囲気が、島さんがおっしゃっていたように八ヶ岳音楽堂の窓から見える雪景色にピッタリでした。

アッキーは遅れて出てきて「僕の島さんへの愛は宇宙規模です」と熱烈にラブコール、そして「リクエストコーナー」に突入。そんなものあっ(略)

島さんからアッキーへのリクエストは2曲。
尾崎豊の「I LOVE YOU」を、以前、島さんが加藤登紀子さんのアルバムのためにアレンジしたコール・ポーターの同名曲「I Love You」を取り入れて作ったバージョンで。アッキーの盟友・屋良っち(屋良朝幸くん)が『Red Hot and COLE』という作品でコール・ポーター役を演じているので、なんだか嬉しくなったり。
もう1曲は島田歌穂さんが訳詞したエルトン・ジョンの「YOUR SONG」。

尾崎豊の曲は今聴くとメロディーは綺麗だけど、男性が女性を弱い者として見なし悲劇に陶酔する歌詞の世界観は今の時代の価値観とまったく合っていないように思えて個人的にはあまり好きな歌ではないのですが、2つの”アイラブユー”が交錯する島さんのお洒落なアレンジに救われ、また、柱にもたれかかって歌うアッキーがいつになくセクシーでドキドキしてしまいました。

その後の「YOUR SONG」は歌穂さんの訳詞(島さんが「手前味噌だけどなかなか良い」とおっしゃっていました。ふふふ)が可愛らしくて素敵でとても良かったです。大切な人のことを自分はこう思っているんだという素直な言葉はそれこそ老若男女問わず普遍的なもの。隣にそっと寄り添って微笑み合うような愛の形を歌っているようでした。

夜の雰囲気のするジャジーな「I have nothing」も島さんがアレンジした曲のひとつ。艶のある歌詞(ませた学生さんだこと)と美しい高音には触れてはいけないような緊張感があるのだけれど、スタンドマイクで身振りをまじえながら歌っているのは視覚的にパフォーマンスとして捉えられる効果があるのだと発見しました。アッキー本人とちょっと離れる、というか。

「旅人」はアッキー1人の弾き語り。
なんだかとても楽しそうで、終わった後に「やっちゃったー」というジェスチャーをしてました(笑)が、ミスタッチとかそんなものはまったく問題ではなくて、とにかく楽しそうで、それが私は嬉しくて。
八ヶ岳の特別なホールに来ること、島さんとの出会いから今まで、それこそ生きていること、すべてがアッキーにとって旅なんだなぁ、とじんわり。

本編ラストは2台のピアノで「SAVE OUR SOULS」。
アンコールが「family」。
どちらも”愛する者”に語りかける歌。
「SAVE OUR SOULS」は抽象的もしくは対象がとても広い愛。人類愛みたいな部分もあるのかもしれない。
「family」はすぐ顔を思い浮かべることができる人たちに対して。『JERSEY BOYS』再演の後に作った曲だから、劇中のFour Seasonsのことだったりキャストたちと過ごした時間だったり、本当の家族だったり家族のように近しい仲間たちのことだったり、今までにないド直球のメッセージソングだと思います。
最後に歌うということは、そこにほんの一部でもファンも入れてくれているのかな、と都合よく解釈してみたりして…。


ホールのロビーで谷川俊太郎氏がホール完成の際に言葉を寄せていたので、谷川さんといえば、スヌーピー(PEANUTS日本語翻訳)だよなぁとぼんやり思っていたところ…

アンコールで出てきたときに2人並んだ様子が漫才師みたいだという話から、島健さんが「昔、髪が長かったときがあって、あだ名がスヌーピー → スヌちゃんだったことがある」とおしゃべり。
(JUJUさんのジャズアルバムでスヌーピーがピアノを弾いているジャケットがあるのですが、その話がきっかけなのだとか)
アッキー「僕、スヌーピーやってたんですよ!」
島さん「知ってるよー。じゃあ、スヌちゃんズだね」
ってことで、スヌちゃんズはこれからも一緒に音楽をやり続けていくのでしょう。

八ヶ岳音楽堂はいろいろ奇跡の場所でした。

2019年3月16日 (土)

『僕のド・るーク』3/10 12:00

@オルタナティブシアター
B列 下手側

【サリエリとモーツァルト】
サリエリ: 上口耕平 モーツァルト: 多和田任益
ヴェンティチェロ1: 辻本祐樹
ヴェンティチェロ2/ヨゼフ/ローゼンベルク/ヴァン・スヴィーテン: 小林且弥
語り部/コンスタンツェ: 井澤巧麻

【こころ】
K: 上口耕平 先生: 辻本祐樹
私: 多和田任益 兄: 井澤巧麻
語り部: 小林且弥

【森の主と少年】
木: 小林且弥 少年: 井澤巧麻
語り部: 辻本祐樹

“ドルーク”とは、ロシア語(друг)で友達という意味だそうです。3篇それぞれ友達についての物語。

【森の主と少年】は、2つの物語の前後にインサートされ人間は少年、青年、大人、老人と年をとっていきます。
森の主である”木”は遊びに来る少年のことが大好きだけれど、2人の住む世界は違う。
少年のいる場所はお金がなければ生きていけない。彼が成長して困ることがあると、 “木”は実を拾わせ、枝を切り落とさせ、しまいには幹まで伐採させて、それを売って元手を作りパチンコやって競馬やって株やって(笑)増やせばいいじゃないか、と提案する。
そうやって自己犠牲でもって相手を幸せにするのは、なんだかオスカー・ワイルドの「幸福な王子」みたいな話だな?と思っていたのだけれど、木は必ず「何して遊ぶ?」と彼に訊いていたことに気がつきました。
木が差し出したものは多かったけれど、それは無償の愛ではなく、少年と”一緒に”遊びたいという気持ちがあった。老人になった少年が木の元に来て、何も要求せずただ木と一緒にいることを選ぶ。そうして、木はようやく見返りを得ることができた。

多額の金銭的なやり取りに関しては否定的な見解もあるだろうけれど、相手に対して「一緒にいると幸せ」という感情的な見返りを求めることは恋愛関係や友情関係の要なのではないか、と思うのです。むしろ、無償というものは存在しないのではないか、と。
この【森の主と少年】の話がメインの2話にインサートされることは、求め合うことこそが友情なのではないか、という示唆のようにも感じました。

【サリエリとモーツァルト】は、映画にもなったピーター・シェーファーの戯曲『アマデウス』を下敷きにして、サリエリは実はこんなことを思っていたのではないか?というアナザーストーリー。TKG(=たぶんこうだったんじゃないか劇場 by チコちゃん)。

モーツァルトの死因は寒さによって腎臓病が悪化したこと、葬儀にサリエリが参列したこと。この2つは事実として記録に残っているけれど、戯曲は面白く見させることが目的なのだから、全てが事実に基づいたものではない。膨らませたり想像したり、それをサリエリとモーツァルトが「そんなことは言っていない」「それは違う」とツッコミを入れるところから物語は始まる。

映画も知っているし、National Theatre Liveの『アマデウス』も見ていたので、サリエリの痛みに心がえぐられる思いをしていたのですが、この作品で描かれたサリエリは嫉妬や自分に対する嫌悪感のような負の感情よりも(もちろんそれも表現されていました)、柔らかく温かみのある人物のように描かれていました。

サリエリは神に愛を誓い、結果として地位と名誉を得た。だからこそ愛を他にも還元しなければ、とたくさんの音楽家に対して援助を行った人物で、モーツァルトという圧倒的な才能に恵まれた人に対しても、おそらく同じように接したはず。
だから、苦境に陥ったモーツァルトに対してサリエリが言った「僕は神に愛を誓った人間だから、神が愛する人間を僕も愛する」的な台詞にすごく納得したというか。

明るくチャラく時にウザ可愛い(笑)モーツァルトを好演した多和田くんに対し、耕平サリエリはなだめたり諌めたりしながら、なんとか美しい音楽を生み出すこの人間を生きやすいように導こうとしているように見えました。
好き勝手に生きていたモーツァルトはサリエリから同意や励ましの言葉を得ることによって支えられ、サリエリはモーツァルトのそばにいることで神に愛を捧げた自分の存在意義を深く感じたのではないかなぁ。
始まる前に「You’ll Never Walk Alone」が流れたのも2人に合っていると思いました。

最後に近年ではサリエリを評価する動きが高まっていると語られましたが、神の愛は長い時間を経て別の形でまたサリエリを祝福しているのではないでしょうか。

【こころ】はご存じ、夏目漱石の小説です。
地の文をコバカツくんが朗読、会話は役として演じられました。
まず、コバカツくんの声が良い(顔も良い)。
Kと先生、私と兄のこれ以上いったら糸が切れてしまう一歩手前の張り詰めた雰囲気を適度に弛めてくれるのですが、空気感を変えない、壊さない、丁寧な朗読。

私は小中と好きな本しか読んでこなかったので、高校の教科書で『こころ』と『舞姫』(森鴎外)に出会うことになったのだけれど、明治時代の学問をできるポジションにいる男性の持つ精神性みたいなものを一通り説明してもらってから触れないと感情の持って行き場に困るというか、共感性どころかまったく意味不明なフラストレーションを抱えることになるという(苦笑)

堅物of堅物で学問を極めることにしか興味のなかったKが、自分の中に「女を恋しく思う」という感情があることにハッとしたときの耕平くんの表情が素晴らしかったです。これだけでも見に来てよかったと思いました。
本を読んだだけでは分からない気持ちの動きは、先生とKの会話を”見ている”からこそなのだと実感しました。
そしてKはそのときに先生という存在が恋心と同じように大事なものだとも気がついてしまった。
どちらかを失うぐらいなら、自分を失ってしまった方が彼にとっては最良の解決策だったのかもしれません。
そして先生は絶望感と贖罪の思いから、Kの死後によりいっそう友の存在を意識するようになったのかも。

オリジナル、既存の作品のアナザーストーリー、そしてそのまま朗読会話劇と三者三様の違いが面白かったです。

2019年3月14日 (木)

プレミア音楽朗読劇『VOICARION Ⅳ〜Mr.Prisoner〜』 3/6 19:00

@シアタークリエ
17列目 センターブロック

山寺宏一
林原めぐみ
上川隆也
原作・脚本・演出: 藤沢文翁
音楽: 小杉紗代

教育者とは?勉強とは?学問とは?世界とは?自由とは?偏見とは?
キーワードを書き出してみたら堅苦しくなりそうなテーマなのに、観劇中には自分で引くほど泣いて観劇後には温かい気持ちが残りました。

1人の少女と囚人の会話が、この世の真理を突いてくる。
牢獄に囚われるというのは物理的なことだけではなくて、偏見や差別や心のありようによって市井に生きていてもそうなってる人が多いという”先生”の話は、ビクトリア朝ロンドンの話をしていながら、2019年の日本のことを言っているのかと思いました。
学ぶことは自由への、外の世界への鍵となる。書物から、人から、人が作り出した芸術から吸収して、心の鍵を開けていくことが学ぶことの意義なのだ。

視覚効果や音楽音響効果はふんだんに使われているけれど、演者の動作は「しゃべるときに立つ」「自分の出番ではないときに座る」だけ。
それなのに、私の目の前に19世紀のロンドンの暗い牢獄や郊外の静かな家の様子が広がり、実体をもった人物像が浮かび上がってきました。
 
声優も俳優も“演じる”ことは同じなのだけれど、マイクを通してどう伝えるのか、というアウトプットの仕方が根本から違うように見えました。
上川さんは(動かないけれど)いったん自分の身体の中に取り込んでその役が話しているように感じましたが、山ちゃんとめぐみさんは声を発するとその役が出てくる、声自体が役というか、声を生業にする人(声優としての活動が多い人)はマイクを通して役の身体を表現することができるのだと驚嘆の思いでした。
 
同じキャストで上演された初演を見逃していて、どうしても再演を見たかったのですが、素晴らしい作品に出会えたことに、自分の感覚を褒めてあげたいと思います(笑)

2019年3月13日 (水)

Red Hot & COLE 3/1 19:00 初日, 3/8 19:00, 3/12 19:00

@博品館劇場
1日: F列 下手側
8日: F列 センターブロック
12日: B列 下手側

コール・ポーター: 屋良朝幸
矢田悠祐(クリフトン、若い男、紳士、カウフマン、カッツ、医者)
吉沢梨絵(エルザ、エセル、婦人)
彩乃かなみ(婦人、リンダ・ポーター)
木内健人(ヴァーノン、イギリス兵、紳士、若い男、ダンサー、ポール)
真瀬はるか(アイリーン、婦人、サラ、伯爵夫人、ドロシー、ダンサー)
彩吹真央(婦人、ブリックトップ、ヘッダ、ベラ)
鈴木壮麻(モンティ、モス、レイ、ノエル)

翻訳・演出: 小林香 訳詞: 高橋亜子
音楽監督: 岩崎廉 振付: 加賀谷一肇

17年に屋良っちが主演した『I Love A PIANO』(感想はこれとかこれとかこれとかこれ)は全編アーヴィング・バーリンの曲を使い、バーリン本人のエピソード(生い立ちなど)をところどころ交えながら男女3人ずつの俳優が1組の男女の一生をバトンタッチしながら演じました。

『Red Hot and COLE』では、全編コール・ポーターの曲を使い、屋良っちが1人でコール・ポーターを演じ、彼の生涯が描かれています。かなみちゃんが冒頭だけ違う役ですが妻のリンダとして最後まで、他のキャストは何役も兼務。

以前、田村良太くんがライブでコール・ポーター縛りで歌ったことがあるのですが、そのときにアーヴィング・バーリンとコール・ポーターがほぼ同時期の作曲家だと知りました。音楽の専門教育を受けなかったバーリンとエリートの一家に育ちイェール大学を卒業したコール・ポーターという対照的な2人ですが、両者ともたくさんのヒット曲を生み出しました。
作中でも同時代を生きる者として、アーヴィング・バーリン、ロジャース&ハマースタインの名前も出てきます。

『I Love A PIANO』『Red Hot and COLE』2つの作品を見てアーヴィング・バーリン、コール・ポーター両者の曲を大量に聴いたことになります。バーリンの代表曲「ホワイト・クリスマス」やミュージカル映画『TOP HAT』の曲は、思わず口ずさんでしまうような親しみやすさがありますが、コール・ポーターの曲はオシャレで耳馴染みは良いのにいざ歌おうとすると難しいそうです。(屋良っちがカーテンコールで言っていました)
しかし、観客としては歌とダンスが上手い人たちが素敵な曲で歌って踊るのをずっと見ていられるという贅沢な時間でした。

劇中で描かれるコール・ポーターは興行的に大失敗したりパーティソングだと揶揄されたり、ヒットメーカーというには不遇な時期も多かったようです。
若い頃はそんな時でもショックで荒れるよりは友人たちと集まっては歌い明かし仕事のない退屈から逃れていたけれど、壮麻さん演じるレイに実力を認められると仕事人間としての顔が強くなっていく。
孤独によって感性を研ぎ澄ませるというよりも、人との交わりの空気感の中から時代性や感情を巧みにキャッチしてそれを観客に還元していくように見えました。

気難しい天才気質の典型としてエキセントリックに描かれがちな作曲家という人種ですが、彼の失敗、成功、栄光、挫折、復活と衰弱を丁寧にかつ彼自身のパーソナリティはミステリアスに描かれていたと思います。

美しく同志のように協力的な妻と、幾人かの男たち。
彼がどちらにも愛情を持って接していたのは事実だろうし、愛の形というのは一つではない。
美しい愛を追い求めることが退屈から逃れる方法だったとすれば、退屈を受け入れたときが愛の終着地だったのかもしれない。
そのとき傍にいたポールとの関係性を劇中で説明しないというのが見てる側としてはそそられるものがありました。

コール・ポーター役の屋良っち、冒頭のミニピアノの弾き語り、コンテンポラリーダンスも含め10分ぐらい踊り続ける場面もあれば、後半は車椅子の操作と、肉体的にもチャレンジングな役だったと思うのですが、皮肉屋でありつつ周囲から愛された人物を好演。夫婦でもあり親友や戦友のようなリンダとの絆にも、彼なりの理由があったのだと伝わってきました。(リンダの気持ちは置いておくとしても)
矢田ちゃん演じる若い男を誘惑する場面は今まであまり見たことのない色気。
ゆみこさん(彩吹真央さん)とは『道化の瞳』のときはママと息子だったのに、今作ではオトナのお付き合いな感じが似合うようになっていて素敵な雰囲気でした。

初日はちょっと風変わりな男の子かな?だった役があんなにキューティーに振り切れるとは思わなかったよ健人くん(笑)あの直後に白スーツでビシッと出て来れるのなんでなの…。
パリのレビューでスターになったカッセル夫妻(健人くんと真瀬はるかちゃん)のダンスから背景にタイトルがライトアップされるオープニングが往年のミュージカル映画の劇中写真のようでとても素敵でした!
白スーツでの「Begin the Beguine」デュエットダンスも、当時のミュージカルスターの佇まいで踊りながらでもあの声量を保っていることに驚き。また「RED HOT, and BLUE」メドレーでは、つま先まで意識されたダンスに見惚れてしまいました。
そして、ポールのコールに対する献身とリンダに対する複雑な感情を持ちながらも温かく接する人間性を多くない台詞の中でも動作や表情で的確に演じていて印象に残っています。

スーパー吉沢梨絵タイムとか、ゆみこさんの美脚キタ━━━(゜∀゜)━━━ !!!!!とか、矢田ちゃんの喋り方wwwwwwwみたいに、ひとつひとつ挙げていけばキリがないぐらいチャーミングなキャストには実はいろいろ繋がりがあって…。
屋良っちと壮麻さんにアーヴィング・バーリンという人名を言わせたり(梨絵さんも出演していた『I Love A PIANO』)、壮麻さんの役の一つが以前出演していたジュディ・ガーランドに関係してたり(ゆみこさん主演の『End of the Rainbow』)、矢田ちゃんはリャード・ロジャースとコンビを組んだロレンツ・ハート役として『ロジャース/ハート』に出演していたりも。

作曲家シリーズとして、この作品が集大成になるのでしょうか。

2019年2月26日 (火)

中川晃教弾き語りコンサート2019 in HAKUJU HALL 2/24 18:00

@HAKUJU HALL
M列

I will get your kiss
Forever and More
My Eyes Adored You〜Who Loves You
(『ジャージー・ボーイズ』より)
ブルースカイ
Family
マタドール
情熱と真実の間
Save Our Souls
別れる時に思うこと
I say good-bye
<アンコール>
Shape of my love
一方通行の道でもいつかきっと出会う歌
(ノープランの全編アドリブ)

アッキーが(初めて)弾き語りコンサートをやったのは2016年8月末、『ジャージー・ボーイズ』初演の千秋楽から1ヶ月も経たないときでした。その様子を収録したCDが2月20日に発売になり、今回2回目の弾き語りコンサートが開催されました。

上下シルクっぽいゆったりとした部屋着のような衣装。センターで靴を脱いでピアノの前にスタンバイ。
「緊張する〜みんなも一緒に緊張しましょう〜」と空気を緩めてから「I will get your kiss」へ。16年版のCDとは違うアレンジ、違う響き。

弾き語りでよく見るピアノと歌い手の間にマイクがあるセッティングではなくて、音のプロフェッショナルが計算し尽くした結果であろう位置に数本のスタンドマイク。
それがHAKUJU HALLの力とあいまって、アッキーの声が今までとは違うような印象を受けました。より高みに、よりまろやかに、より包み込むように。

「デビュー曲っていうのはいつも緊張するんですよ、そう見えないと思うけど(笑)」17年、数百回は歌っているんじゃないかというこの曲。それでも一切慣れることなくいつでも”今”の彼のベストを聞かせてくれるから同じ曲でもいつも新鮮に感じる。
“初心忘るべからず”という言葉があるけれど、アッキーにとってこの曲こそが初心なのかも。

「Forever and More」は全編英語詞、『ジャージー・ボーイズ』のメドレーは東宝版歌詞と英語詞のMIX。「これ昨日すげー間違えたんだよなー」と言いながら(笑)
「My Eyes Adored You」は18年の『I Sing 〜Wonderful Wonder〜」でやっているけれど、そのときよりピアノの音数が多いアレンジでフランキーとしてよりも1人のミュージシャンとしてこの曲に向き合ってるようでした。「Who Loves You」は歌い出しがアッキーの地声で、今まで何回も聞いてきた「Who Loves You」ではなく中川晃教が歌うとこうなるのか!というところから、次第にトワングに移行していく構成。このホールだとトワングが上に当てるような鋭さではなく高飛びのバーを飛び越えてこちらに届くような(分かりにくいってば)感じがしました。

「ブルースカイ」は個人的に大好きな歌で、久しぶりに生で聞けてとても嬉しかった!そして何より高音が美しくて。ふんわり温かい雰囲気ながら、なぜか賛美歌のように心が洗われるようなひとときでした。デトックス効果抜群。ふふふ。私的ハイライトはここでした。
「Family」は『ジャージー・ボーイズ』再演が終わってから作られた新曲。歌詞がFour Seasons(と取り巻く人たち)そのもののようでもあり、あのキャストたちとの絆を歌ったようでもあり…。WHITEチームとガールズとの修学旅行(違)は大きな意味があったんだろうなぁ。

16年のコンサートは私が最前列で見ていたからということもあったかと思いますが、歌い出しても緊張が伝わってくるような張り詰めた空気感だったのですが、この日のアッキーは1曲ごとに「緊張している」と言いながらも歌っているときはとてもリラックスしているように感じました。自由に音の中で遊んでいるみたいな。

自然やスポーツも好きだけれどピアノがあるからインドア派なところもあって、という話。ピアノに向かっていると、想像していた音、予想外の音、自分が問いかけたりピアノから自分の方に近づいてきたり…。
ピアノはアッキーにとって友達でもあり自分の分身のような存在なのかもしれませんね。

といった少し良いエピソードがあったかと思えば、あとのMCは地上から11cm浮かんで37°向こう側に行っちゃったようなフリーダムさ。
・プールに入ったときの鳥肌と何か感動したときの鳥肌の違い(心臓がキュッとするのか自分の外側の空気感から何か感じるのか)
・最近は深夜のお散歩が好きなこと
・東京に出てきて舞台に出るようになって初めて出来たお友達とのやんちゃなエピソード
そんなことを話しながら要所要所で「よし、(緊張が解けて)調子が戻ってきたぞ〜」などと言いつつ、いわきに行ったときに見つけた福島銘菓「ままどおる」の話から「マタドール」に。マジかよwwwwwwww

また「マタドール」がめちゃくちゃかっこよかったんだ!絶対直前に「ままどおる」の話してたとは思えないって(笑)
ピアノの弾き語りだと、曲の持つ”男1人”感がより伝わってくる。かなり前に作ったのに、時を経て成熟した男のセクシーさや強さを感じる曲になりました。
「情熱と真実の間」は、私は生で聞くのは初めてでしたが、背伸びしていたような少し寓話的で観念的な要素も感じられる詞が、今のアッキーにかかると魔法のようにスルッと入ってくる。こういうのがコンサートの醍醐味なのだなぁ。

コンサート終盤は「Save Our Souls」「別れる時に思うこと」「I Say good-bye」と巣立ちや別れに関する曲でした。今回のセットリストのテーマは”出逢いと別れ”だったそうです。
別れることは、悲しいだけではない。
「終わりは始まりに過ぎない」と、某ミュージカルの台詞にあるように、別れは次に何か(それは人かもしれないし、新しい自分かもしれない)に出会うためのものとも捉えられますよね。

初めて「別れる時に思うこと」を聞いたのは17年の『I Sing 〜time to come〜』でしたが(「別れの時に思うこと」って書いてある)、そのときは自分のいちばん弱いところ、触れられたくないところを突き刺してくるような印象もあったのだけれど、HAKUJU HALLで聞いたこの曲はメロディとアッキーの高音がただただ美しくて、柔らかい毛布で包んで抱きしめたくなるような愛しさ、みたいなものも感じたり(キモい)。

good-byeしたと思ったら、アンコールが”大好きな君のそばに いつまでもいたいよ”と歌う「Shape of my love」という、なんと考え抜かれたというか、あざとかわいいというか、ファン殺しの選曲。そんなん歌われたら、ねぇ???
鳴り止まない拍手にピューンと出てきて、バレエダンサーのようなレベランス。やっぱり変なテンションだったけれど(笑)、アッキーが楽しんでくれているのが何より嬉しい。
「Shape of my love」で客席から手拍子が自然発生して、弾むようにピアノを弾いて歌う姿はHAPPYに満ちていました。

ダブルアンコールはピアノを好きなように鳴らしながら「何もないよ〜」と歌い始め、思い浮かんだ言葉、メロディを繋げていく。「僕には何もないけれど みんながそこにいてくれるだけで」とかリップサービスもありつつ言葉遊びやちょっと笑ってしまう言葉を乗せてアッキーが「音」を「楽」しんでいる。
そして「一方通行の道でもいつかきっと出会う」という、今日のテーマにたどり着いてフィニッシュ。
アッキーから生み出される音楽、アッキーそのものが音楽なのだという姿を目の当たりにしました。

コンサートで披露したり音源にしたりするときにはもっと考えながら作っているのだと思うけれど、湧き出てくる音楽に身を任せて戯れ捕まえ引き出し…そうやっているうちにすぐに時間が過ぎていって、頭をクールダウンさせるためにも深夜のお散歩が必要なのかもなぁ(心配だけど)。

舞台であんな役をやって欲しいな。あれを再演して欲しいな。コンサートにゲスト出演して普段歌わないようなものを歌って欲しいな。バンド形式で歌って欲しいな。久しぶりにWIZやって欲しいな...等々、考え出したらアッキーが10人ぐらい必要になるんだけど(笑)、弾き語りコンサートはこれからも必ずHAKUJU HALLで続けていって欲しいです。

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